ここは北海道池田町。
 牧歌的な雰囲気が漂うのどかなこの町には、ある名産品があった。
 それは、ワインだ。
 北海道の様な寒冷地では、ブドウが健やかに育つ事は難しい。だが、この場所は日照時間や寒暖差などが特殊な条件下にあったため、古くからワイン造りが盛んに行われ、今では十勝ワインという名で多くの人に親しまれている。
 さて、そんな池田町には、ひときわ目を引く異質な建造物がある。西洋風の石造りで出来た巨大な城だ。そして、日付も変わった深夜、その城の周りでコソコソと動く2つの人影があった。
「ケンさん、結局どうやって忍び込むんスか?」
「そうだな、そろそろ教えてやってもいいか。ユウ、これを見てみろ」
 ケンと呼ばれた男がバッグから何かの書類を取り出すと、月明りに照らされてその内容が露わとなった。
「これは……城の見取り図っスか?どうやって?」
「協力者が既に潜入していてな。ホラ、今工事してるだろ?その中に紛れ込んでんだ」
 フンと胸を張るケンをみて、ホホウと感心した様に頷くユウ。2人は北海道を地盤としているコソ泥だったが、ある理由により活動は上手くいっていなかった。
 だが今回は違う。目の前にそびえる巨大な城に、秘蔵ワインの製法が保管されているという情報を入手したからだ。裏ルートで売り捌けばとんでもない金額がつくに違いないと予測を立て、売却金の分け前を渡す事を条件にコソ泥仲間を業者として送り込んでいたが、ようやく下準備が整ったという訳だ。
「目的地はこの書庫だ。ここに製造法が眠っている。いいか?裏口が開いているハズだ。音立てない様に行くぞ」
「うぃっス」
 目出し帽の姿でお互い頷き合うと、ソロソロと城内へ潜入する2人。防犯カメラに映らないルートをあらかじめ見取り図に反映していた為、セキュリティにも引っ掛からず順調に進んでいたが、その道中にとある部屋へと足を踏み入れた。
「スンスン、いい匂いっスね。ケンさん、これなんの部屋スか?樽がめっちゃ並んでますけど」
「ここは確か……醸造室だな」
 部屋中に充満する芳醇なワインの香りに包まれていると、ユウがおずおずと口を開いた。
「あの~ケンさん、ちょびっと飲んでみません?」
「は?何言ってんだお前。そんなヒマある訳ねえだろ」
「いやでも……すげーウマそうっスよ」
「終わった後にいくらでも飲め。さ、行くぞ」
 提案を即座に却下して歩を進めるケンだったが、一向について来る気配がなかった為振り返ると、そこには樽のコックから備え付けのコップにワインを入れている子分の姿があった。
「おい!お前何やって……」
「んっ!?ウッ……ウマい!ケンさん!これ超ウマいっすよ!」
 近づいて文句を言おうとしたケンの眼前に、ずいっと差し出されるコップ。鼻腔をくすぐる香りにゴクリとツバを飲み込む。ついにコップに口をつけてしまったケンは、目を大きく見開いた。
 爽やかでそれでいてインパクトのあるアタック。
 ほどよい酸味を含んだなめらかな舌触り。
 いつまでも滞留する心地よい香り。
 それは紛れもなく極上のワインだった。
 そして、ユウから冴え渡る提案がもたらされた。
「ケンさん、もしかして樽ごとに味が違うんじゃないスか?」
 ケンが思い出せるのは、ユウのその言葉だけだった。意識を取り戻した時、2人は鉄格子の中だったのだ。
 俺達はどうしていつもこうなんだ、とケンは思った。2人がいつも上手くいかない理由。それは、シンプルにバカだった。
 短絡的なユウとストッパーが出来ないケン。今回こそはと気合いをいれて臨んだ仕事でこの体たらくだ。
 もういい加減足を洗おうと固く心に誓ったケンは、とりあえずあのワインを買いに行こうとも決心したのだった。