「今さらにはなりますが、どうして、バス停を雪で?」
静かな部屋でティッシュペーパーを一枚、ていねいに取り出すように、その女性は言った。黒いトレンチコートを着ていたため分からなかったが、どうやら地元の記者をしているらしい。
「雪らしく、消えるものを作ろうと思ったんです」と僕がこたえると、彼女はそうですか、と言っていた。もっと気の利いた答えを考えておけばよかったなと僕は思った。
「雪まつりで雪像をつくるのは今回で初めてですか?」
いえ、と僕は辺りを見わたす。会場には自分でつくったバス停以外にも、城とか、アニメのキャラクターとか、あるいはお菓子の家のようなものまで、たくさんの雪像が設置されている。カメラを持った人だかりがそれらを囲んでいた。
「いえ、三回目です。いつもはもう二人の方と共同で作ってましたが、今回は一人です」
なるほど、と彼女はやはり興味がなさそうにこたえて、それから目の下にあるホクロを少しだけ触った。
「ありがとうございます。質問は以上です。ご協力、ありがとうございました」
一礼して去ろうとする彼女を、僕は「あの」と呼び止める。
「なんでしょう」
「……今でも、消えて欲しいと思っていますか?」
突拍子もない、唐突な僕の質問に、けれど彼女はふふっと笑った。
「やっぱり。そうなのかなって、思った。このバス停」
彼女はバス停に向かって、眩しそうに眼を細める。雪がつらつらと降っていた。北海道の粉のような雪の一粒が、彼女の肩に落ちた。まるで月が変わってカレンダーをめくるように、雪は溶ける。
もう随分と昔の話だ。高校生のころ、雪が降った日だけ、あのバス停で僕は彼女に会えた。
「あのバス停って、なくなったの?」と彼女が不意にこちらを見る。
「多分、そうだったと思う。どうだろ。すごく昔のことだったから」
工事があって、潰されたみたいな話を聞いたことがある気がする。気のせいだったかもしれない。
「うん。わたしも、あんまり覚えていない。高校生の頃の記憶なんて、あんまり」
「……そうだね」
そうだよ、と彼女は吸い終えた煙草を灰皿に押し付けるように、少しだけ乱暴に言った。
「今でも消えて欲しいかって、ホクロのことでしょ?」
「うん」
「懐かしいね。忘れてた。消えて欲しいってこともね」
彼女は自身の目の下にあるホクロを抑える。それから少しだけ沈黙があって、彼女は元に戻ったようにぺこりと頭を下げて、「本日はありがとうございました」と言った。
「こちらこそ、わざわざどうも」
彼女が去って言った後、僕はしばらくそこに残り、自分が創った雪像を少しだけ眺めていた。吹いた風が粉雪を揺らして、ぶるっと自分の肩が震える。
消えるもの、消えないもの。なんとなく、僕はそういうことを考えた。
雪像は一週間のあいだ展示されたあと、重機を使って丁寧に取り壊されるらしかった。
