「ぽかぽかの日差しで気持ちいいのね」
ポニーはちょこっと耳を動かしてから、ぱちりと目を開けた。
ノーザンホースパーク。それは苫小牧市にある、馬とふれあうことができるテーマパークだ。新千歳空港から車で15分という立地の良さは地元民だけでなく観光客も集める。私はそういう観光客のひとり。姉の旦那の地元が苫小牧ということで、家族と義家族みんなでホースパークにやって来た。
(……楽しそー)
きゃあきゃあ甲高い声で騒ぎながら、連結した自転車を必死に動かしているのが、私の姉とその娘と息子。義兄にあたる人は最後尾で朗らかに笑っていた。両親は新しく作られたゲートを見に行くと言ってから戻ってこないし、向こうのご家族はポニーショーを見に行っている。要するに私はソロ活中だ。
てっきりポニーショーにはたくさんのポニーが出演するものだと勝手に想像していたのだけれど、実際は一頭のポニーとスタッフさんによるショーらしい。つまり私の目の前ですやすや眠っていたポニーはショーに出ない。
「おはよう」
私の独り言で目覚めた白いポニーに挨拶をする。そういえば昔、千葉の動物園のポニーを見たとき、聴力と嗅覚に優れているって聞いたな。
ポニーはゆっくり立ち上がり、ふん、と鼻息を鳴らす。なんだなんだ、ずいぶんなご挨拶だ。昼寝を起こされてお怒りか?
「ご機嫌ななめかね」
ひょこひょこ動く耳は、私の声を拾いつつ風で木々が騒ぐ様子を伺っているのかもしれない。
「……うおっ」
何らかの気配を感じて視線をポニーから外すと、ポニーに夢中になっていた私のすぐ側に、サラブレッドがいた。え、なんでポニーのところにこんな大きな馬がいるの。
顔に白いラインが入った馬は、体を覆うコートのようなものを着用していた。たしかアブよけだったり寒さ対策で使われるものだ。結構なお年なのかも。
いつの間にか近くにいた人たちが次々スマホを掲げ始める。有名な馬なのかな。なんで有名な馬がポニーと一緒にいるんだ?
困惑する私をよそにサラブレッドはちらりと周囲を見渡してから、ふん、と鼻息を鳴らす。そしてポニーよりもはるかに大きな馬は、白いポニーの体にすこしだけ鼻先を当てた後、遠くにいる別のポニーの元へ向かう。比較対象が現れたことでポニーがさっきよりも小さく見えてしまうマジック。
元気で何よりだよ、と後ろにいたご夫婦が嬉しそうにしている。やはり有名な馬なようだ。元競走馬とか、そういう事情がある馬なのかな。
場に残された白のポニーはそんなサラブレッドの背をしっかり見送ってから、再びごろんと地面に横たわった。
「また寝るのかい。友達と遊ばなくていいの?」
耳がぴくっと動く。でもそれは私の声を聞いたからじゃない。自転車でそこらじゅうを駆け巡っている我が姉とその家族のハイテンションな歓声が、この放牧場所まで届いたからだ。
自転車に一緒に乗ろうと言われた。でも断った。ゲートを見に行こうと言われたが、遠いから嫌だと断った。ポニーショーも人が多いから、あんまり人がいなかった、昼寝中のポニーの側に立ってみた。
「……ま、たまには一人もいいよね」
別に誰かと一緒にいるのが嫌いなわけじゃない。今日はそういう気分だっただけ。ぽかぽかした日差しの中、一人でこの広いホースパークの中を歩いてみたかった。そう、たまには一人もいいというだけのこと。
さっきのサラブレッドは放牧場所の真ん中で立ち止まり、眠たそうにしている。わかるなあ、今日は眠くなっちゃう日だよね。
「私もどっかで寝たいなあ……」
遠くで拍手の音がする。ポニーショーが終わった頃合いだろうか。きっとあの人達は私の過ごし方をもったいないと言うだろうけど、ポニーと一緒にまどろむなんて、これはこれで贅沢だと思う。