「この畜生どもが!」
 狼達の攻撃を避けるので精一杯な蘇芳に、一匹の狼が蘇芳の左腕に噛み付いてすさまじい力で引っ張る。蘇芳は、腕を噛み千切られそうな程の激痛に悶絶した。痛みで抵抗が遅れて、そのまま林の中へ引きずられて行ってしまう。
「っ!は、なせっ!ぐあぁぁ!」
「腕を離しちゃだめよ!」
「ナナ!ちょっとやり過ぎじゃない?!」
「この森を脅かす奴には私、容赦しないの!」
 狼達に残酷な指示を出すナナに、若干引き気味なノノ。彼等が言っている意味が理解出来るらしい狼達は互いに目配せをした後で、一匹の狼が蘇芳に身動きを取らせない為に右足の太ももに噛み付いた。どうやら狼達はナナの言うことを聞く気らしい。
「……っ!ぐぁぁ!」
 頭が真っ白に成る程の痛みが、蘇芳を再度襲う。どくどくと噛まれた箇所から失血していくので早く止血しないと死に至るだろう。容赦ない狼の攻撃に蘇芳は意識が遠くなるのを感じていた。

 その様子を横目で確認していた優都だったが、二人に声を掛ける余裕もない位、大和と一進一退の攻防が続いていた。優都が間合いを守りながら、大和に攻撃を出そうとしてもすぐに体を反らされて急所を狙えないでいた。
(なかなか入らないな)

 下手なフェイントに引っかからない大和は確実になんらかの武道に通じているだろう。先程から優都が大和の正面を取れないのがその証拠である。その中で、優都は源治との稽古を思い出していた。「手練れの相手を前にした時、小手先の攻撃は通用しない。相手を引っ掛ける為の技も相手を刺すつもりで行く」というのが源治の教えであった。ならば、と優都は大和の左腹に狙いを定め、膝を屈めると同時にそこに一打。すかさず防御する大和。だがその反応の良さを逆手に取って優都はもう次の攻撃を繰り出していた。

 人間の急所は至る所にあるが、喉もその一つ。そこに優都の全体重を乗せた拳が入ると倒れていく大和。
(よし、入った)
気を失ってしまった彼を、縛ろうとした優都だが拘束具を持っていない。
「どうするか」
 すぐにでも雪乃の元へ行きたい優都が迷っていると林から狼が一匹、顔を出した。優都に近寄った後で大和の傍に座った。

「……見張っててくれるのか?」
 優都が狼に向かって尋ねる。動物に話を掛けても通じないと思うのだが聞かずにはいられなかったのだろう。狼は「そうだ」と言っているかのように一度だけ唸った。
「ありがとう。頼んだ」
 狼の頭を優しく撫でたその時。大きな爆発音が森の奥から聞こえた。
――――『なにか』が起こった
優都は急いで刀を取り音がした方向へ走った。