出発から30分もせずに大宮へ到着した。ここからはやぶさは1時間停車せずに仙台までかっ飛ばす。

「まず大宮から仙台まで1時間ってのがビビりませんか」

「もう慣れた」

 どこからかスマホの充電ケーブルを取り出した大倉さんは、座席の下の方にコンセントを差し、仕事用のスマホを充電し始める。なるほどたしかに慣れている人である。ちなみに通路を挟んで隣に座っている学生らしき女性はタブレットを立てかけるスタンドを持参して何らかの動画を鑑賞していた。これぞ旅慣れといった雰囲気だ。

「てか4時間も新幹線乗るの変な感じしません?」

「しないな。東京から博多なら5時間だぞ」

「なっげー……腰痛くなりますよ」

「リクライニング駆使で守るんだよ。お前も席倒して寝てていぞ。まだ会社の奴らも出社してないからどうせ連絡もこない」

「そういえばそうっすね。仙台着く頃でも朝礼前だ」

「福島くらいから回線も不安定になるからな……よし、俺は寝る」

 そう言って大倉さんは腕を組んで目を閉じた。この人は寝ようと思えばすぐに熟睡できるタイプの人で、それはどんな乗り物でも同じだ。1分も経たない内に小さな寝息が聞こえてきたので、俺は残っていたうなぎを全部食べてから、広い窓の外に広がる風景を眺める。出発してしばらくは見覚えのある景色だった。でも大宮を過ぎた後は、千葉の田舎の方によく似た景色だったり、立派な山があったりと、自分がものすごい速度で移動している実感が湧く風景がそこにはあった。

 昔行った那須は友達の車で行った。新幹線での北上は、本当に人生で初めての経験になる。

(そういやあの時、家の鍵落としてすげえ騒いだな……)

 思い出に浸っている間に車内放送でまもなく仙台に着くと言われた。もうだいたい350キロメートルを移動したのか。

(仙台も初めてだな)

 だんだん景色に大きめの建物が増えていくのがなんだか面白い。IKEAに、あれは体育館かな。病院もある。ビルが沢山見えてきた。

――仙台、仙台に到着です。

 ホームにぴったり停まったはやぶさから降りる人と、北への旅に向かう人。気付けば隣でタブレットを立てかけていた女性の姿はなく、そこには三人家族が座っていた。

 基本的に停車時間は短く、仙台の滞在時間は約2分。そこから盛岡、二戸、八戸。何県にいるのか分からなくてスマホのマップを開こうとしたら、回線不良でマップが表示されなかった。

――七戸十和田、七戸十和田に到着です。

(……十和田?)

 知ってる。その名前は聞いたことがある。十和田湖の十和田だ。つまり今俺は青森にいるということだ。つまり、津軽海峡までもうちょっと。

 わくわくした気持ちがあるのに誰にも言えないのが口惜しい。大倉さんは起きる気配が無いし、スマホは誰にも繋がらないし。せっかくだから感動を共有したかった……。

 うなだれているうちに景色がまた変わっていた。七戸十和田を過ぎて、新青森、そして奥津軽いまべつ駅を過ぎた後は、山とトンネルの繰り返し。車内には青函トンネルの案内放送が流れている。世界的にも珍しい海底トンネル、だそうだ。

――まもなく、青函トンネルに入ります。

(あ……)

 車内の案内板にも放送と同じ内容の文字が流れる。

――ただいま、青函トンネルに入りました。所要時間はおよそ22分です。

 青函トンネルに入った。俺は今、海の下にいるんだ。

「すごいね、ね!」

「えっ?」

 ちょっと、たーくん。お母さんらしき女性の焦る声が聞こえる。しかしたーくんと呼ばれた幼い子は俺の膝を叩いて目を輝かせていた。たーくんは青函トンネルに興奮してしまい、全然知らない相手であるはずの俺にも感動を伝えにきてくれたのだ。つまりこれは感動共有の大チャンスである。

「すごいよなあ~」

「すごいね、ね!」

 すみません、とペコペコ頭を下げてたーくんを引っ張るお母さんは知らない。俺が今どれだけ嬉しいのかを。ありがとうたーくん。津軽海峡に入る喜びを共有してくれてありがとう。

「何騒いでんだ……」

「あ、おはようございます」

 たーくんの声で起きたらしい大倉さんが、ゴソゴソと2つ目の弁当を取り出す。やきとり弁当だ。

「青函トンネル抜けたらすぐだぞ。お前も食っとけ」

「了解っす」

 北海道までの長旅がもうすぐ終わる。その喜びを胸に、俺はカルビ弁当の蓋を開けた。