『そうぎ』というのはまるでお祭りみたいだった。いとこ達とか、叔母とか、みんな家に来て、いつもは食べない果物が並べられて、夜遅くまで起きていても許される。
 ただ、わたしのお母さんだけがどこにもいなくて、そしてお父さんがずっと泣いていた。

「強いね、真名ちゃんは」
 みっつ上の従妹がわたしに言った。葬儀がおわり、人が一気に消えていった大きな和室。おばあちゃんの家の畳の部屋は、雨の日のような変な匂いがしていた。一足先に中学生になった従妹は、少しだけ首を傾げてわたしの頭を撫でている。
「テストがね、褒められたの」とわたしは言う。
 えっ、と驚いたように彼女がわたしの目を見る。それから何か分かったような顔をして、もう一度、今度は強くわたしの頭を撫でた。
「テスト、褒められたんだね」と彼女は言った。

「きっと、まだ分かってないのよ、あの子」

 台所を通りかかった時、そんな言葉が聞こえてくる。わたしは部屋まで行って、返ってきたばかりのテスト用紙を探す。ランドセルの、クリアファイルの中からそいつを引っこ抜いてお父さんのところまで走った。

 客間で、お父さんはずっと泣いていた。隣にはおばさんがいて、お父さんに向けてなにか大事な話をしているらしかった。二人がわたしに気付く。おばさんが少し困った顔をしてから、「どうしたの?」と首を傾げる。

「テスト、褒められたんだ。先生に」

 おばさんは、もっと困った顔になって、「あのね……」と口を開く。それをお父さんが止めた。

「そうか、真名。テストが褒められたのか」
「うん」

「真名は偉いな」
「うん」

 お父さんはずっと泣いていた。

「あのね」と私は言って、答案用紙をお父さんに渡す。「お母さんがね、真名に教えてくれたの」

「……そうか」
 お父さんは歯をぎゅっと食いしばっていた。

「真名ちゃん。あのね、お母さんはね」
「ちょっと、まだ真名には……」
「言わないとだめよ」

お父さんと叔母さんが、なにかを言い争っている。

「知ってるよ」とわたしは言った。

え、と二人が顔を見合わせている。

「お母さん、遠いところにいるんでしょ? でも、大丈夫だよ。お母さんが言ってたもん」

 わたしにとって病院は、お母さんがいる施設のことだった。白ばかりの退屈な部屋で、わたしは半分乱暴にペンを置いた。
「上手く書けない……」
「上手く書けないね」
 ベッドに身を倒したお母さんが、わたしの頭を撫でる。それから、わたしが苦戦していた紙を手に取って見る。
「日本地図?」
「うん。地図を書いて、県名を書くの」
「……北海道が、上手く書けないのね」とお母さんは笑った。わたしの書いた北海道は、風船を力任せにつぶしたみたいな、へんてこな形をしていたのだ。
「よし、じゃあ、お母さんがお手本を見せてあげる」
 そう言ってお母さんは、紙をうらっ返しにして、そこにペンを走らせた。
「真名。北海道は、ゾウさんなんだよ」
「……ゾウ?」
「そう。ゾウさん。ここがお鼻で、ここが足で……」
 わたしに説明しながら、お母さんはゾウを描いていく。「はいできた」と言った瞬間、わたしはそれが北海道の形をしていることに気付いた。
「すごい!!」
「これで、テストは大丈夫そう?」
「うん!!」

「そっか、なら良かった」と、お母さんはなんだか、読み終わった本を閉じるように、静かに言った。
「……お母さん?」
「あのね、真名。お母さんね、もうちょっとしたら、遠くにいかなきゃなの」
「そうなの?」
「うん。だから真名、いい子にしてられる?」
「うーん。うん」とわたしはうなずいた。
「良い子ね。……でも、お父さんは寂しがっちゃうかも。あの人は、わたしのこと、大好きだから。だから、もしわたしが遠くにいったら、ゾウを見せてあげて」
「北海道?」
「そう。北海道」
「どうして?」
「どうしても」とお母さんはわたしの頭をもう一度なでた。

「わたしとお父さんの、思い出だから」