いつの間にか、僕は寝てしまっていた。
確か、この部屋の中でコンビニで買っていた弁当を食べて、どうせならと思い一緒に買っていた酒を飲んで……覚えてないや。なんだか頭も痛い。
時計を見たら、もう深夜。次の日になっていた。
こんなのでノンノと会えるのかな……やばいな。
行くな。
誰だ? 部屋の中で声がした。若い男の声だ。
「誰? 」
一緒に行くな。
また声がした。今度はテーブルの向こうだ。僕は、テーブルの向こうにある漆黒の闇を見据えた。怖いけど怖気振るっている場合じゃない。
下手すれば殺される。僕は闇の先を見据えた。
その時。
固まっていた影が一気に、僕に飛び掛かって来た!
「わあぁっ! 」
ドスンッ!
僕は影に飛び掛かられて、一気に後ろに倒れ込んだ。殺されるっ!
…………そのまま時間が少し流れた。
僕は怖くなって瞑っていた目を開けた。
はあぁぁぁっ……、はあぁぁぁっ……。
吐く息の音がする。獣の匂いがした。
犬?
「違う。俺はお前が呼んでいる人間に飼われている、情けない同胞とは違う」
僕を押さえ込んでいた闇が、僕に応えるかのように吠えるように応えた。
「……君は誰? 」
何とか絞りだすように僕は訊いた。声は人間のものだ。
「お前たちがいう狼だ。彼女に呼ばれてここに来たのか? 」
ノンノの事を言っているのか?
そうだ。彼は答えた。僕は目の前の男を闇の中で睨んだ。
離せよ。僕がそう言うと彼はその手を離した。照明のスイッチを押さなきゃ。
「待て、明かりを点けるな。このまま話を聞いてくれ」
僕は、スイッチを触る手を離した。
「俺の名前はオロコ。闇の中だから分からないと思うが、俺は狼だ。この姿を人に見られるわけにはいかない。このままで話をさせて欲しい」
オロコと自分を呼ぶ彼は、暗がりの中で目が慣れてきた僕には、闇の中で若い男のような姿に見えてきた。
よく分からないが、彼は、ノンノという彼女から僕を救いに来たのだろうか。
「お前、この辺りに住んでいないな。旅行者か」
そうだよ。僕は答えた。やっぱり分かるのか?
「お前のは本土の喋り方だ。それにまず観光客は、この旅館を利用はしないだろうな。ここは普通利用できる所じゃない」
僕は、彼の馬鹿にした口調に、少しムッとなった。
「どういう事だよ。何か言いたそうな口振りだな。僕が、何かフラフラッと立ち寄ったとでもいうのか? 」
違うのか? 彼が僕をからかっているかのように、くっくっ、と笑った。
表情は、やっぱり見えない。
「ば、馬鹿にするなっ! 僕はもう高校だって卒業してるんだ。第一、君はなんだよ! 僕と同じ背格好じゃないか! 」
あははははははっ!
闇の中で彼の哄笑が響いた。我慢にこらえきれず吹き出したような笑いだった。
笑うなよっ! でも笑い声はしばらくして止まった。
「……すまんな。でも君もホイホイ付いて行くのも良くないぜ。それじゃ死にに行くようなものじゃないか」
彼の言葉を聞いて、気持ちが投げやりになる。
「いいよ。どうせ生きていたって楽しい事なんかないんだ。どうでもいいよ」
「なあんだ、死にたがりか。────良かったら、殺してあげようか。俺が君の首筋をガブリとやってしまえば、君の願いはチョロイもんだよ」
彼の言葉が妙に凄惨に聞こえた気がした。僕はぞくっとなった。
「やっぱり怖いんじゃないか。死ぬ死ぬ、なんて簡単に言うなよ」
「…………だったら、だったら僕はどうしたらいいんだよ」
見抜かれている。僕は死を直面にして怖くなっていた。
「今日は大人しく寝たらいい。その代わり明日は早く起きろ」
「ここを抜け出すんじゃないのか? 」
「今焦ってここを抜け出してどうなるんだ。おとなしく寝ろ」
なんだよそれ…………。
僕は仕方なく、というかベッドの中でふて寝した。