「雪の森」第二話
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森に入った時に聞こえた声と違う声色に二人は辺りを照らしてみると反対側の草むらに小さい人形の様をした影が見えた。
―――きゃっ!
声の主は慌てて逃げようとするが、転んでしまう。
「大丈夫か?」
優都が優しく、声の主を抱えて起こしてやる。
「あ!ああ!わ、私には掟があるのです!」
彼女はフキの葉を腰に差していて、アイヌの民族衣装である赤色のアミプを身に纏っている。
「知ってるよ。人間に見られたら駄目なんだろ?コロポックルだもんな」
優都が言ったコロポックルとはアイヌの時代から言い伝えられている、北海道や樺太に住む小人のことだ。
「なにもしないよ?」
先程から明かりを照らしている叶生がにっこりと優しく言う。
「わかってます!」
「でも、もう見ちゃったし。名前は?」
優都は彼女に目線合わせようと腰を下げる。
「…………。私の名はナナです。―――そちらにいるのがルルです」
女の子のコロポックルのナナは自分が逃げようとした道を指さした。
「なんで僕の事までばらすんだ!?」
そう大きな声で言って、もう一人のコロポックルが姿を現す。こちらはフキをさしていて民族衣装は男性物のアットゥシを身に付けていた。
「最初に俺達を案内してくれたのはお前か?」
「そうです!僕が優都達をご案内しました!」
こそこそ隠れていたわりには、誇らしい顔で優都に告げるコロポックル。
「ありがとな」
「いえいえ!僕達は雪の精霊であられる雪乃様の仕者なのですよ!僕の名前はノノと言います。雪乃様の名前を一文字もらったのです!」
ノノは、いささか自己主張が強いコロポックルだった。
「ノノ!また喋り過ぎよ!」
「はっ!しまった!」
コロポックル二人の遣り取りに優都と叶生は思わず笑ってしまった。
「可愛いな」
「ほんとだね」
先程までの緊張感とは変った雰囲気に気持ちが和らいだ二人だが、目的は忘れてはいなかった。すやすやと寝息を立てる恭介を優都が背中に背負う。
「ナナ、ノノ、森の入り口まで案内を頼めるか?」
「はい!任せて!」
「勿論だよ!」
優都がコロポックル達にお願いすると二人は快諾する。森の中心部分まで来ていた優都達は森を出るために足早にその場を離れた。
優都の自宅まで戻ってきた一向。その途中で恭介は目を覚ましていて、元気に優都達と話していたが我が子を待っていた母親にこっぴどく叱られて今は泣き出してしまった。
「まぁまぁ、お母さん」
叶生が母親を宥めると、優都が恭介に森へ入った理由を尋ねた。
「男の人が森にはたのしいあそび場があるよって」
「男の人?一人でいた?」
「ううん、ふたり。あとね、森にはたからものがねむってるんだって言ってた」
「そっか。―――もう勝手に森に入ったらダメだぞ?」
「…………ごめんなさい」
謝る恭介の頭を撫でる優都は考えていた。
(わざとこの子を森に入れた理由はなんだ?それに宝物って)
隠れていたノノとナナはこの話を聞いて顔を見合わせていた。
「早く雪乃様に報告しないと!」
「急いで!ノノ」
雪の森内部では、精霊である雪乃と優都の父親である伊織が真剣な表情でノノとナナの報告を聞いていた。
「うーん。どうして恭介君をこの森に入れたのかな?悪戯にしてはかなり悪質だよね」
「そうだな。それに宝物が【雪の扇子】を指すなら、そいつ等は雪那の件を知ってるってことになる」
「ですが、雪那様の事を知っている方は、雪乃様と伊織様だけではないのですか?」
ナナが雪乃と伊織に問う。
「いや、九条の人間なら雪那の話は知ってるね。封印が解けたのは僕の代だけじゃないらしいし。本来は口外禁止なんだけどね」
以前、泥棒に扮した雪乃に優都が話してしまったのだ。
「その位なら問題ない。優都だって誰彼構わず話したりはしないだろ」
「え、褒めてくれるなんて嬉しいね」
にこにこと笑う伊織にうんざりした表情になる雪乃。
「親馬鹿もほどほどにしろ」
「ふふ。それで?君は心辺りあるのかい?」
「無いとは言い切れないな」
「そう、思い当たる節もあるってことだね。森はどうする?」
「暫く、外部の者が森の中に入れないように障壁を張る。―――ノノ、ナナ、この件を優都に伝えてくれ」
雪乃はコロポックルに伝える。
「まぁそうした方が良いね。優都を頼むね、ノノ、ナナ」
「はい!」
「わかりました!」
伊織は息子の身を案じていた。
同刻、小樽市内の喫茶店内では瓜二つの顔をした男二人組が、一人は珈琲をもう一人はココアを飲んでいる。
「蘇芳は甘党だなぁ」
「まぁね」
双子である彼等の容姿はそっくりでどちらがどちらかは一見区別が付かない。
「これで雪乃が誰も森に入れないように小細工してきたら確実だね」
「んーそうかなぁ?ブラフって可能性は?本当は本家の家にあるやつで良いんじゃないの?」
弟の蘇芳は口に付いたココアを舌で舐めとりながら兄の大和に尋ねる。
「違うよ。あれは確実に偽物。雪乃がそんな危ないことすると思う?」
「しないかな」
「だろう?」
「本物の雪の扇子は森の中にある、絶対ね」
はいはいと、蘇芳は目線をスマホに落としたままでおざなりに返事をする。
「ま、暫くは様子見でしょ?―――朝里川温泉行かない?」
「賛成」
大和がそう言うと、二人は席を立って店を出ると夜の街に消えて行った。