見世物小屋事件からやっと以前の落ち着きを取り戻しつつあったこの日。有雪と友之は街へとやって来ていた。人間のフリをしている有雪は機嫌良く歩いているが一方の友之は仏頂面だ。

「驚いた。まだ怒ってんの」

 振り返った有雪は額に手を当てて大袈裟に友之を見る。

「お前が付いて来る必要は無いって言ったよな」

「まぁ、まぁ。ララは来なかったんだから大目に見てよ」

「当たり前だろ。―――次、勝手に町へ出たら『森から追い出す』って脅しておいた」

「やれやれ。当主様は恐ろしいねぇ」

 首を傾げてにやける有雪に友之が「ふざけるなよ」と睨みつけるが無視して歩いて行ってしまう始末。楽しそうな有雪に辟易する友之であったが、黙って付いて行く。彼等がやってきた場所は見世物小屋で蛇の見世物をやらされていた女の子が入院している病院だった。あの日、有雪と別れた友之が保護して病院へ連れて行ったのだ。血液検査や医師の内診を受けて入院していたが、異常は無いとの判断から今日退院する。医師の見立てだと女の子は九才程ではないかとの事だった。度々、お見舞いに行っていた友之とは違い、本来人前に出る事が出来ない有雪は久しぶりに女の子と会うので楽しみにしていたのであるが。

「まだ話さないの」

 消毒液の匂いがする廊下を歩く友之へ有雪が訊ねると「話さない」と返ってくる。

「無理もないよ。――――安心できる所にいれば自然に喋るさ」

 見世物をしている最中も、女の子はなにも話さない。どこか一点を見つめてただ蛇の血を飲むだけ。その異様な光景に友之は勿論、有雪も息を飲んだが、もうそんな所業はしなくても良い。彼女を九条家が引き取る事となったのである。病室へ入ると、あの日より少しだけふくよかになった女の子が無表情でベッドの脇に立っていた。前回のお見舞いで友之が持参して赤色の着物を身に着けていて可愛らしい。

「こんにちは」

 有雪が女の子の目線まで腰を下げて、挨拶するがやはりなにも話さない。有雪の目をじっと見つめているだけ。

「君は俺達と一緒に行くんだよ。これからよろしくね」

「そう。今日から家族になるんだぞ」

 友之も有雪同様、腰を下ろし着物が良く似合ってると頭を優しく撫でるが目線を下げられてしまった。まだ人に慣れていないのがわかる。

「ねぇ友之。なんて呼べばいいかな」

 有雪が友之の耳元で小さく囁く。少女も東野同様、小さな時に親に売られて本名も生年月日も分からないらしいのだ。名前を付けられているかも定かではないので、友之も困っていた。すると友之の着物を小さな手が弱く引いてなにか呟く。目を見張る有雪と慌てて腰を下げて耳を寄せる友之に女の子が「さ、ゆ」とだけ言った。

「え、え。話したよね。話した!」

「―――さゆ。名前はさゆだな!」

 嬉しさの余りさゆを抱きかかえた友之とその隣で、今まで以上に楽しくなる日々を想像し有雪は満面の笑みを浮かべた。