見世物小屋の事件から一ヶ月が経ったとある昼下がり。有雪は、友之の自宅で寝転がっていた。縁側の向こうは小さな庭になっており、そこから森へと抜けられる造りになっている。

暖かく、空は晴天で雲一つない。いつもなら、うとうとしてもおかしくない筈なのに有雪の元へ眠気は襲ってこない。東野を殺める際に、言われた言葉が有雪の頭から離れないでいたから。寝返りを打つと、小さく足音が聞こえてくる。それはどんどん有雪の元に近づいてきていた。

「ここにいたのか」

 家主の友之が腰に手を当てて、呆れた表情で有雪を見下ろしている。どこかへ出掛けていたのだろう。余所行きの着物を身に着けている友之が有雪の隣に静かに腰を下ろす。

「どうしたの」

 どこか浮かない顔をしている友之に有雪が問いかけても、庭を眺めるだけでなにも言わない。庭に咲いているタンポポが風に揺れて、黄色が有雪の目に入ってくる。まるで「元気を出して」という様に。暫く、互いに無言のままだった。有雪はずっと黄色を見つめて。

「東野は清国の生まれらしい。幼少期に見世物小屋に売られる形で日本に来たと」

 タンポポの動きが止まった瞬間、友之が口火を切った。有雪は友之に背を向けて寝返りを打つ。

「そっか。だから言葉も話せるんだね」

「あぁ。そこからは」

 友之の言葉はそこで一瞬途切れる。有雪は友之が次になにを言うのか簡単に想像が出来た。だが「言わなくても良い」とは言わない。きちんと東野という人物の真実を聞かなければ、と感じていたから。どうしてあんな人間になってしまったのかという過程を。

「東野も蛇を使った見世物をやらされていて、異国の子供だから虐待に近い様な扱いを受けていたと。動物と話せる能力は皆知らなかったらしい」

 辛そうに東野の過去を語る友之は唇を噛んだ。