「さぁね。もうなんでも良いさ。―――お前の話は俺でも吐き気がする」

 人間ではない有雪は、いや人間ではなく精霊だからなのかもしれないが東野の人間性に強烈な不快感を抱く。この世には救いようのない人間も少なからずいるのだ。それは重々承知していたが東野がここまでの人間と想像していなかったのも事実。

「死にゆくあんたにそんな戯言を吐かれてもね」

「君を一瞬で殺してしまうには惜しいよ」

「なに言ってるんだ。殺すって、殺されるのはあんただろ。毒で……」

 突然、東野が話すのを止めて有雪を不思議そうに見た。

「待て、なんで死んでない?もう毒が回って死んでもおかしくない。――――あんた毒に耐性でも持ってるのか。」

 有雪を見て驚く東野。それもそうだろう。毒蛇に噛まれても苦しんでいないから。そろそろ毒が回って倒れる位には時間は経過していた。一分や二分なら会話も可能だが、全く苦しまない訳がない。だが、有雪は淡々と話しているのだ。その姿に東野は完全に困惑していた。

「ごめんね。俺は人間じゃないの」

 有雪の顔が再び、苦痛に歪む。殺すと決めてもやはりその時には有雪にも微々たる苦痛が伴うもの。人間を殺める時には今までも決まってそうだった。それなりの理由があるから仕方ないと思っても、生を奪うのは容易いことでは無い。有雪の左手が東野の足元辺りを指すとぱきぱきっと氷が音を立てじりじりと東野の足元が氷で覆われ始めていく。船の周りには冷気が漂っていく。生身のまま自分が凍っていく姿に声もでない東野。有雪の左手が東野の心臓部分まで上がると、氷がそこを覆い始める。東野の左手首に巻き付いていた蛇も凍ってしまって動きを止める。

「は、人間じゃないって……神様くらいしかできないだろ、こんな所業」

 東野から吐き出される言葉と白い息。

「まぁ、似た様なものかな」

 有雪が苦く笑うと東野は表情を歪める。

「そんなもんいないって思ってたけど、最後の最後で出会うなんてね。礼を言わないといけないのかも」

 東野の言葉が気になった有雪だったが、氷が首から顔まで覆っていく。最後になにか東野が呟いた気がしたがそれは有雪には届かない。足から頭まで先程の虎と同じく凍った東野を見ても有雪は只々、後味の悪さを感じていた。