「楽しんで何が悪いんだ?人間なんて皆そうだろ?心の中では誰しもが妬み、恨み、蔑む。俺と対して変わらないさ」

「そうだね。そうかもしれないけど、それでも君みたいに楽しんだりはしない。自己を嫌悪して後悔するんだよ」

「綺麗事だね、そんなの」

 開き直った口調の東野は左手首の入れ墨を指でなぞった。ララと一緒に友之に秘密で町へ出掛けた際、東野が不自然に左手首に触れていたのを有雪は思い出す。東野の癖なのかもしれないと漠然と考えていた時だ。有雪は足元に鋭い痛みを感じて立ち上がる。目線を下に向けると、よく見えないがなにか不自然に動いていた。足首には二つの丸い傷。まるで蛇の噛み痕みたいな。

「蛇にも俺に噛みつけって命令したの」

「ふふ。そうだよ。こいつは俺の相棒でね。でも安心して良い。毒が体中に回るまでそんなに時間は掛からないからすぐ死ねる」

 見世物小屋で東野は虎と話していたので、蛇と話せても驚かない。人間なら数分もせずに死に至る猛毒も精霊の有雪には意味をもたないが、その内死ぬと思われているのなら有雪にとっては好都合だ。

「だったら冥土の土産に教えてくれないかい?どうしてあの時、俺の袖に隠れていいたララを見つけられたのか」

 有雪に噛みついた蛇が東野の左手首に巻き付いたのが見えた。小ぶりな黒色の蛇。あの蛇は東野には従順なのだろう。見世物小屋の女の子もそうだが毒蛇を纏わりつかせるのは正気の沙汰ではない。噛まれたら死んでしまう可能性が高いからだ。そこからでも東野と蛇の深い信頼関係が窺える。

「こいつが教えてくれたのさ。袖に生き物が隠れている、って」

東野が今までとは違う優しい口調で、手首に巻き付いた蛇の目を覗き込む。

「やっぱり動物から教えてもらっていたのか」

「そう。『小さい人間みたい』って聞いた時は驚いたが……。あんな小人は西洋にもいない筈」

 見世物にした後で異国に売りさばいたら大金が手に入ると思うんだよね、と悪気無く続ける東野に有雪が嫌悪から眉を寄せる。

「俺の場合はあらゆる情報を動物からもらっているんだよ。人間よりずっと優秀だし。あの小さい女の子を攫ったのも動物だ」

 どんな動物だと思うとにやにやした表情で東野が有雪に問う。これまでも愚かな人間に出会った経験があるが、東野の様な下衆な人間は初めてで、有雪の中でなにかが振り切れた様な感覚がしていた。