「待てえええ!」
「お嬢ちゃん!頼むから止まってくれ!」
「ワン!ワン!ヴ~ワン!!」
 後ろから叫び声を上げる2人と1匹。みんな必死の形相で私を追いかけて来る。それでも私は足を止める訳には行かない。何故なら私もまた追いかけているからだ。
「あっ後で!後で謝りますから!だから今だけはああああ!!」
 最悪だ。まさに最悪の事態に陥った。
 その発端は、目前に迫った受験戦争と本格的に向きあおうとした事から始まる。
 現実に立ち向かうべく何度も机に座ってペンを握ったが、気付いたらその辺の漫画や小説を手に取っている自分の集中力がつくづく恨めしい。
 すでに夏休みの1/3をダラダラと過ごしてしまった事実に気付き、本当に高校に行けるのかといよいよ不安に駆られた私は、部屋に散乱する煩悩の塊を追い払う事に決めた。
 そう、断捨離を実行したのだ。
 だが、それが私の運命を大きく狂わせてしまった。
 ゴミ袋に要らない本を詰め込んでいた時に偶然あるモノを見つけてしまい、私の体はおぞましさで震えた。コレだけはこの世から抹消せねばと心に誓い、庭に出てライターで火を付けようとした時だった。突発的な風に吹かれてヒラヒラと舞う様に飛んで行くソレ。
 私は絶叫し、そして走り出した。
 それがつい先程の事である。
「店の備品弁償しろおおお!」
「そのケーブルは工事に必要なんだ!返してくれ!」
「ワン!ワンワン!!」
 では、どうしてこうなったのか?
 弄ぶように縦横無尽に踊るアレを追っていた私は、色んな所を駆け抜けた。
 河川敷で行われていた試合で投球前のマウンドを横断したり、林間公園でフラダンスしていたおばちゃんのコシミノをめくったり、おじさんが釣り上げた魚をキャッチ&リリースまでしてしまった。
 そして、繁華街や工事現場、路地裏を通った結果がこれである。露店の看板を蹴り飛ばし、絡みついて取れないケーブルを体に巻いて、昼寝中の野良犬の尻尾を踏みつけてしまったのだ。

 そこまでして追いかけないといけないモノ。

 それは手紙。
 私が総理大臣宛てに書いた手紙だ。
 悪政を敷く政府から国民を守るために、異能に目覚めた私が日本奪還を告げた予告状。その手紙には、中1の時に読んだ小説の影響で邪眼が発動していた私の黒歴史がびっしりと刻まれていた。
 その後1年かけてようやく人間界に復帰する事が出来たのに、諸悪の根源の存在をすっかり忘れてしまっていたのだ。
 手紙を持つ私の両手は震え、額からは冷や汗がソリの様に滑降した。万が一にも人の目に触れたら一巻の終わりだ。捨てるだけではダメ、一刻も早く燃やし尽くさなければならない。
 その理由は簡単。ご丁寧にも手紙の最後に私の本名で差出人署名していたからだ。勅使河原 芽愛里という、いかにもラノベでありそうな本名で、予告状に似合っていると思った事がこんな災いを引き起こすとは思わなかった。
「もう!いつまで吹いてんのよ!止みなさい!」
 相も変わらず人をバカにしながら飛んで行く手紙に、いい加減頭に来た私が心の叫びを放ったその時、ずっと吹いていた風が少し弱まったのを感じた。
 気のせいじゃない!手紙が徐々に高度を下げている!
 これはまさか……私の能力!?
 って、んなワケあるか!もう卒業したんだから!
 一瞬違う世界に行きかけた私は、目の前にそびえる巨大な建物の中に落ちて行った黒歴史を追いつめるべく、最後の力を振り絞った。
 いよいよアンタを屠る時がやって来た様ね。待ってなさい、必ず手中に収めてみせる。ハ、アハ、アハハハハ!!
『さあ~ここ函館市千代台公園陸上競技場で行われております、全国中学校体育大会女子短距離走もいよいよ決勝!その開始のピストルが今鳴りまし……ああっと!大外のレーンに謎の女子が乱入!選手と並走しておりますが……は、早いっ!驚く程のスピードです!そのままブッちぎりでゴール!勝利の雄叫びをあげております!これはスカウト間違いなし!とんでもない幕切れだーー!』