知床といえばやはりクマだ。目の前まであの恐ろしくも可愛らしいクマが迫ってきて見られるのはここしか無い。
本州のツキノワグマよりも断然大きいヒグマ。これを見ないと北海道を語るには早い気がする。そんな思いを持ちながら僕は知床へとやってきた。

知床に行けばそこらへんの込み入った茂みに入ってしまえばクマがいるのだろう、そのくらいの知識しかなかった僕は何も考えず、とりあえず知床に旅行に来ている。もちろん見られるはずもなく。

街の人にクマに会えるところはどこか聞いてみる。
しかし明確な場所は教えてもらえなかった。なんだ、観光客には絶好の撮影ポイントは教えてくれないってのか。その時は外から来た観光客に対して意地悪しているものだとばかり思っていた。でも、それはちょっと違ったんだと知ることになる。

こうなったら自力で見つけるしか無い、そう思った僕はレンタカーを借りて知床の山奥を走ることにした。知床横断道路はまさに最後の秘境という感じで野生動物が溢れている。野生生物を撮影にくるカメラマンも多く、あちこちに車のハザードランプがカチカチと光っていた。やはりここにクマがいるに違いない。ひときわカメラマンが多い場所があったので僕も車を止めて車外に降りた。これがキッカケだったのかは分からないが、完全に無知だった自分を殴りたくなる出来事が起こる。

多くのカメラマンの目の前には美しい小川が流れており、その向こう岸には一頭のクマがいた。僕はついに目標を達成して舞い上がってしまい必死にスマートフォンのカメラを連射していた。クマはじっとこちらを見て、まるで撮影してくれと言わんばかりだ。チャンスが来たと一斉にカメラマンがシャッターボタンを押している。

すると突然、クマがこちらにノシノシと歩いて来る。ちょっと不安になったがこの躍動感あふれる写真を撮影して友達に自慢してやろう、そんな気持ちが勝ってしまっていた。クマはどんどんこちらに向かって歩いてくる。なんかやばいぞ?周りのカメラマンたちもざわめき出した。そしてついにクマは小川を超え、目と鼻の先までやってきた。

僕は急いで車に戻りエンジンをかけて逃げ出した。カメラマンたちも一斉に逃げ出す。危なかった、もう少ししたらやられていたかもしれない。恐怖と安堵の気持ちが混ざっておかしなテンションになっている。良い写真も取れたし今日はこのまま帰ろう。僕はホテルへ帰ることにした。

数日後、ニュースを見た。知床のクマが民家に侵入したため駆除されてしまったということだ。さすが知床とだと関心していると、知床をを管理している職員さんが目に涙を浮かべながらこう話している。

このクマを駆除しなければならなかった理由は人間の無知のせいなのです。クマが人間を恐れなくなり、やがては市街地へ降りてきて民家や商店街にまで来てしまう。そうなったら我々は駆除するしか無いのです。餌をやったり写真を取るために不用意に近寄りすぎたり。その繰り返しがクマの恐怖心を消す。市街地にまで来ないよう、クマには適度な警戒心を持っておいてもらわないとだめなんです。

僕だけのせいじゃない、そんな卑怯な考えが一瞬よぎる。
自然は見世物じゃない、そんな綺麗事も一瞬頭をかけめぐる。
自分の無知がクマを危険にさらし、そこに住む人に迷惑をかけている。
必死になって撮影した写真も1度友人に見せただけでそれで終わりだ。
僕たち人間の自己満足のためにクマが一頭消えた。