彼はこのラベンダー畑でわたしにはじめてのキスをした。

高校の弓道部で、彼、真一と知り合った。

「おい、的の紙貼れよ」

「えっ、どうやって」

「あほか、そんなことも知らないでここにいるか」

「でも、誰も教えてくれてないしぃ」

「んん」

そんなやりとりが彼との出会い。

それから、港が見下ろせる弓道場で、彼との日々が始まった。

先輩は厳しくて、なかなかちゃんと矢を打たせてくれない。

わけがわからない腕立てふせとか、腹筋とか…。

弓道とかに関係ないじゃんと思ってた。

「ねえ、やってられないよね」真一に話す。

「まあ、しかたないじゃん、やれよ」

「意味ないと思うけど」

「そうかもだけど、いいじゃないか」

そんなたわいのないやりとりをしているうちに不覚にも恋に落ちた。

真一はいつもやさしいというか、優柔不断というか、適当なんだか。

でもわたしはそんな真一が好きだった。

彼はびっくりするくらいやさしい。

何で、というくらいに。

彼は母子家庭で母親との二人暮らし。

父親は愛人を作って逃げたみたい。

そんな暗くなりそうな家庭でも、彼は明るく育った。

複雑な家庭が彼のやさしさを熟成したのかもしれない。

「このお好み焼き美味いな」

「ん、美味しい」

「だろ」

「ん」

「お前をこの店に連れてきたかったんだ」

「ん」

「俺が世界で一番好きな食べ物だ」

「こんなのでそこまで言う」

「ああ、そして、お前が世界で一番好きだ」

思わず彼の顔を見た。

「マジ」

なんでここでそんな事言うのだろう。

その訳が3日後に分かる。

辛すぎる。

白血病であと余命半年、そう彼に告げられた。

明るく、あっけらかんと、

「俺半年後、死ぬよ、ごめん」

「えっ何、うそ」

「いやマジ」

「ええー」

「仕方ないんだ」

「うそ」

「いやうそじゃないよ」

「うそ、うそ」。

「うそ、うそ、うそ、うそ、うそ」

それから、どこを彼と歩いたか、今でも思い出せない。

ただ、桜が咲いていたことだけは覚えてる。

それから、一秒が愛おしい日々がはじまった。

やはり、死ぬのはどうしようもないみたいで、

思い出を作るしか出来ない。

北海道のラベンダー畑に行たいと彼が言った。

でも、お金がない。

マックのバイトをむちゃ増やした。

彼と一秒でも一緒にいたい。

でも、富良野に行きたい。

もう、睡眠時間は捨てた。

働きまくった。

そして、彼と富良野に。

まだ、夏には早い6月。

梅雨がない北海道だから、それでいいかなと。

もう残された時間があまりない。

「おお、写真のとおりだ」

彼は単純に喜んでる。

「そうね、綺麗だね」

「ああ、綺麗だ、こんなに美しいんだ」

「そう思う」

「大好きだ」

「えっ」

何度も聞いた言葉だけど、やけに胸に刺さった。

「何、いまさら」

素直になれなかったわたし。

「大好きだ」

もう一度彼が真面目な顔をして言う。

わたしは悲しくなって何も答えられなかった。

「わたしも大好き」

そう一言告げればよかった。

小さな写真になった彼が微笑んでる。

瞳を閉じると、あの時のラベンダーの鮮やかな色が胸を突き刺す。

会いたいよ。