「雪の森」第一話
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北海道小樽市の山奥。自宅に入った泥棒事件から半年後のある日。雪森の森番である九条家当主の九条源治は孫である優都を呼んでこう言った。
「今日からお前が九条家当主だ」
優都はぽかんとした顔になる。
「は?」
「で、お前にはこれをやる。―――じゃ、頼むぞ」
源治は自分の首に下げていた当主の証である首飾りを優都に渡した。
「いや、ちょっと待てよ!じいちゃん!」
「待たん。俺は今から旅に出る」
「ちょ!え!はぁぁぁ!?」
源治は優都の質問や意見を全て無視し、本当に旅に出掛けてしまったのだった。
(ぶっ飛び過ぎるだろ……)
それから一週間程過ぎた午後七時、夕食を済ませて自宅で親友の叶生とゲームをしていた優都の元に血相を変えた女性がやって来た。
「うちの子が森に入ってしまったみたいで!」
泣きながら話す女性は、かなり混乱している。
「落ち着いて下さい。事情を話してもらえますか?」
優都は努めて冷静に問いかける。
彼女は息子の恭介と一緒にこの付近まで用事があり来ていたらしいのだが、少し目を離した隙に恭介の姿が見えなくなったと言う。慌てて辺りを探すと森へ続く道に履いていた靴が落ちていたとの事だった。
「私のせいなんです!森に入るのに許可をもらえないでしょうか?!」
通称、雪森と呼ばれる森には森番の許しが無いと入れない。地元民なら知っている決まりだった。
「それは許可出来ません。こんな時間に女性一人を森には入れられないです」
「っ!でも!」
「俺が行きます。必ず、息子さんを探しますから。お母さんは此処で待っててもらえますか?」
子供を思う母の気持ちを察して、安心させるように彼女に優都は言った。泣きながら謝り続ける母親を自宅に残して優都は叶生を伴い森の中に恭介を探しに出掛けた。
「なんで森に入ったと思う?」
「まぁ子供だからねぇ」
叶生の返答に黙り込む優都。
「勝手に森には入ってはいけないって知ってる筈なんだけどな」
その時。
―――男の子はこっちだよ
どこからともなく声が聞こえる。
優都達は顔を見合わせた。
「今の聞こえたか?」
「勿論」
「幽霊?」
「見えないけど?」
叶生は幽霊が見える側の人間で、霊感が強いのである。
「普通は見えないんだよ!」
―――優都、早く早く!
「君の名前は知ってるみたいだね」
「なんでだよ!」
叶生は持っていた懐中電灯で優都を照らしながらにやにや笑う。
「……ん?これって、もしかして」
なにか心辺りがあるのと叶生が優都に問いかけるが「なんでもない」と言って声のする方に二人は向かって行く。森の中には様々な動物も生息しており、その全てが野生なので人間に危害を加えないとは言い切れない。雪の精霊『雪乃』の使者と狼と言い伝えられていて森が恐れられている理由の一つでもあった。
―――もうすぐですよ!
声の主の指示に従って走る二人は、明かりを遠くに向けると整備された道の横に男児らしい姿が見える。
「いた!」
優都は一目散に駆け寄って行く。
「優都!待って!」
一緒に走っていた叶生は優都に追いつけない。優都は、横たわっていた恭介の首に手を当てて脈があるかどうかを確かめる。幸い、寝ているだけらしく体に目立った外傷もなく恭介は無事だった。
「ほんと良かった……」
「優都!走るの早過ぎだよ!」
なんとか優都の元に着いた叶生が恭介を見て心配そうに「大丈夫そう?」と聞いた。
―――眠っているだけです
叶乃の問いかけに、優都ではない可愛らしい声がそう言った。
二人からそう遠くはない距離に声の主はいるらしいが、姿が見えない。
「さっきと違う声だな」
「明らかに、女の子の声だね」
叶生は声のする暗闇に目線を向けながらそう言った。