「んー、もうちょっと右かな。少しだけ幹の方に寄せてくれる?」

 今しがた携帯で撮った写真を確認した彼女が指示を飛ばす。
 もう何度目になるかわからない指示に従って、黙ってシマエナガのぬいぐるみ2羽を掴ん
で移動させる。

「あ、いい感じ! ヤバい! 絶対ヤバかわいいの撮れる!」

 語彙力を失くして興奮気味に写真を撮る彼女に、ツッコむことなくすぐに動けるように後
ろに控える。

 もう数回細かい修正指示が入ると思ったが、どうやら満足したらしく、彼女はかわいい!ヤバい!を連呼しながら、撮影した写真をチェックし始めた。

「良い写真撮れた?」
「うん! だぁ君のお陰で盛れた!」

 大輔とダーリンの両方がかかっている(彼女談)呼び名を、クラスメイトの前でも平気で呼
ぶので、勘弁してほしいと半ば本気でお願いしたが、彼女に押し切られる形で、今もだぁ君
と呼ばれている。

 呼ばれるたびにむず痒さを覚えていたが、今ではもう慣れた。
 慣れたどころか、だぁ君と呼ばれるたびに嬉しくなっている自分がいるくらいだ。

(……毒気抜かれるんだよなー)

 いつもほわほわしている彼女といると、気付いたら同じほどほわほわしているときがある。

 この遠出だってそうだ。
 シマエナガのかわいい写真が撮りたいとの彼女の突発的な思い付きで、シマエナガに遭遇できる可能性が高いと言われている釧路の春採公園に来ている。

 朝早くから出ないと夜に帰れない距離の遠出となると、緻密な計画を立てたいタイプなの
だが、彼女と出かけられるのなら、突発的な思い付きだろうと構わない。

 目的であるシマエナガを見つけることができず、駅前で買っておいたシマエナガのぬいぐ
るみを代わりに撮影することになっても、楽しいと心から感じている。

(まさか自分が恋に溺れるタイプだったとは……)

 葉を落として枝を剥き出しにした細い木が並ぶ景色を前に、白い息を吐く。

 周りが恋愛事で盛り上がっているのを見るたびに、どこか冷めた視線を送っていた。
 それが彼女と付き合ってからは、自分を曲げることも厭わない程に溺れている。

「だぁ君! はい、チーズ!」
「うわっ!」

 急に腕を引っ張られて、彼女と密着した状態でパシャリとシャッターがきられる。

「ぷっ……あはは!見て、だぁ君変な顔してるー」

 かわいい笑顔を見せている彼女の隣に、目を丸くして間抜けにも口を半開きにしている自
分が写っていた。

「いきなり撮るからだろ」
「じゃあ、ちゃんと言うね。一緒に写真撮ろー」

 彼女の要望を断るなんて選択肢はない。
 再び顔をくっつけて、今度は目に力を入れて写真に写る。

「やーん、だぁ君かっこいい! クラスのグループ LINE に送っちゃおうかなー」
「絶対ダメだからな!」
「あはは。さすがにそんなイジワルしないよー」

 からかわれたことに気付いて、一瞬本気にした自分が恥ずかしくなる。

 わざとむくれて見せると、木の枝から回収したシマエナガのぬいぐるみを彼女は両頬に挟
んだ。

「ごめんだちゅん」
「かっ……」

 かわいいと素で漏れそうになった声を何とか押し留めて、携帯を取り出して写真を撮る。
「あー! いきなり撮るのは反則!」

 絶対変な顔してた!と、抗議する彼女の前に、今しがた撮った写真を見せる。

「ははっ。おい見ろよ、お前すげー変な顔してるぞ。グループ LINE に送るか」
「絶対ダメ! だぁ君のいじわる!」

 頬を膨らませる彼女を宥めながら、シマエナガのぬいぐるみを拝借して頬にあてる。

「ごめんだちゅん」
「シ、シマエナガに免じて許してあげる……」
「声震えてんぞ」

 一緒になって、くだらねーと笑い合う。
 ひとしきり笑った後に、シマエナガを1羽だけ返して、空いた手で彼女の手を取る。

 きゅっと握り返されて、幸せだと叫びたくなる衝動を抑え込みながら、少しだけ握った手に力を込めた。