私の父が遊んでいたゲームに、市長になって都市を開発するものがあった。
 パラメータの一つに『幸福度』なるものが設定されている。
 公園を設置すると、周辺の住民の幸福度が上がるそうだ。
 子どもの頃は、ゲームを構成するシステムだと思っていた。
 大人になった今、その効果を、私は身をもって体験している。

 リモートワークの最大の敵は何かと問われれば、アタシは「環境」と答える。
 何を食べても、どんなお店に入ろうと、美味い。
 商品として出されるもの全部が『美味い』上で、『どう美味いか』が問われる。
 そんな場所で生活しようものなら、誰だって太る。
 悪いのはアタシじゃない、環境だ。
 食いしん坊のアタシを甘やかす環境が悪いのだ。
 移住後、食に関するタガが外れてからというもの、三ヵ月で5キロも体重が増えた。誰かアタシを止めてほしい。

 そんな自分を奮い立たせて公園へ歩くことを習慣づけて二週間が経った。
 市電の交差点を抜けて目抜き通りを南下。片道3000歩のグレートジャーニーだ。
 広い空の下、木の幹を背中に預ける。
 ひざの上には山わさびとハムのサンドイッチ、ガラナ、木漏れ日。
 肺一杯に空気を吸い込んで吐き出すと少しだけ頭のモヤモヤが晴れた。
 心なしか食欲も抑えられているような気がする。いや、抑えられている。こういうのは思い込みが大事だ。

 一通り食事を終えて仕事に向き合おうとすると、じっとこちらを見る視線に気づいた。
 エゾリスだ。デカい。本土で見たシマリスなんかとは比べ物にならない。熱視線の先には、口に入れ損ねたパンくずが落ちていた。
 気持ちは痛いほどわかる。このサンドイッチ、芳醇な麦の香りが違う。食べたいだろうそうだろう。
 だが、こんな簡単な方法に頼ってしまっては、野生で生き抜く術を失ってしまうだろう。
 アタシはパンくずを丸めてポケットにしまい、立ち上がってエゾリスを見た。
「エゾリスくん、お互いに環境に甘えずに生きていこうね」
 軽く手を振って自宅へ向けて歩き出す。
 今日の食後のアイスは我慢しなきゃ。
 『昼休みの隣人』に顔向けできないから。