「コロポックルを探しに行こう」

 帰りの会が終わり、ランドセルを背負ったところで、真剣な顔でヒロが提案してきた。
びっくりしながらも断る理由もないので OK の返事をすると、ダッシュでヒロが教室を飛
び出した。

 ランドセルを弾ませながらヒロの後を追って辿り着いたのは、学校の裏庭だった。草を刈る前なのか、膝の上まで伸びている。
 女子がよく四つ葉のクローバーを探しに裏庭に行くことは知っていたが、こんなに広い範
囲で草が生えていると思わなかった。

 もしかしたらいるのかもしれない。
 そんな予感にわくわくしながら、ヒロと一緒になってしゃがみ込む。

 コロポックルについてほとんど何も知らないが、小人のような存在だと聞いたことがある。
 何かの本に載っていたイラストでは、たしか緑の葉っぱを持っていた。
 こんなにも草が生えている場所なら、見つけられる可能性はある。

 わくわくしながら積極的に探せたのは、最初の三十分だけだった。

 いくら草を掻きわけても、見つけられるのは虫くらいだった。
 はじめはトンボやバッタを見つけるたびに、その大きさをヒロと比べながらはしゃいでい
たけど、今は暑さにやられて話す元気もなくなってきている。

 おでこから流れる汗を T シャツの袖で拭って、少し先を探しているヒロに目を向ける。
 ヒロは僕と同じように汗を浮かべながらも、その汗を拭うことなく草を掻き分けていた。珍しく真剣な様子に驚きながら声をかける。

「どうしてコロポックルを見つけたいの?」

 僕の問いにヒロが手を止めた。
 口をきゅっと結んだ後、視線を逸らして小さく零した。

「忘れられないため」
「え……」
「俺、夏休み入る前に転校するだろ。コロポックルでも見つけたら、思い出つくれるかなっ
て」
「ヒロ……」
「なーんてな! コロポックルなんて見つかるわけないよな。そろそろ帰ろうぜ!」

 明るい声を上げてヒロが立ち上がる。
 がさがさと草を踏んで、隣を通り過ぎようとしたヒロの手を思わず掴む。

「水飲みに行こう」

 それだけ伝えて、来た時とは逆に今度は僕がダッシュする。
 ヒロは何も言わずに、走って付いてきた。どたばたと校舎に戻って、水飲み場で勢いよく水を飲む。

「あー、おいしい!」

 喉の渇きが収まったところで、教室へとヒロを案内する。
 ヒロはずっと黙ったままだった。そんなヒロを自分の席に座らせて、目の前にノートを広げる。

「コロポックル描こう!」
「へ?」

 僕の提案にようやくヒロが口を開いた。

 反応があったことが嬉しくて、ずいっとさらにノートを近付ける。

「僕はヒロのこと忘れないよ。でも、ヒロとの思い出は作りたい! だから、見つけられな
かったコロポックルを描いて、お互いに忘れないようにしよう」
「それ……いいな!」

 泣きそうな顔をしていたヒロが、やっと笑ってくれた。
 笑ってくれたのに、今度は僕が泣きそうになる。

「なぁ、コロポックルってどんな見た目してんの?」
「知らないで探してたの!?」
「何か珍しいのは知ってたから、宝探しみたいでいいかなって」
「なにそれー」

 滅茶苦茶なヒロがおかしくて、涙はすっこんでいった。
 笑いながら向かいの席に座って、開いたノートを机に置く。

「僕もあんまり知らないけど、コロポックルはね――」

 教室のカーテンが風を受けて膨らむ。
 一緒に作れない夏休みの思い出をつくるため、ノートにペンを走らせた。