テレビやネットでよく見かける札幌市時計台を前に、友人たちは興奮しながら写真を撮っ
ている。
修学旅行の予定に時計台の見学が組まれているのを知ったときは、それより買い物した
い!旨いの食いたい!とか愚痴を零していたが、現物を前にすると、わかりやすいほど楽し
んでいる。
現金な奴らだと悪態吐きたいところだが、今すぐ修学旅行前に時を戻してくれと時計台に
半ば本気で祈っている自分もいるので、黙ってはしゃぐ友人たちを睨みつけるに留める。
「なに怖い顔してるんだよ」
睨まれていることに気が付いた大橋が、輪を抜けて正面に立った。
「怖い顔は元々だ」
吊り上がった細い目は、相手に威圧感を与えるらしい。あんまり接点がない人からは、顔が恐くて近寄りがたいと評されていることには気付いている。
どちらかと言われれば小心者に分類されると自分では思っているが、周りはそう捉えては
くれないらしい。
『ごめんなさい。……お付き合いはできません』
視線すら合うことなく、怯えたようなか細い声でお断りをされた数日前を思い出す。
修学旅行前の告白は成功率が上がるとの噂に違わず、カップルが多く成立していた。
波に乗るなら今だと、何を血迷ったのか同じ委員会の松本さんに告白した結果、傷心を抱えたまま旅行に参加することになった。
「なんだよ、まだ松本ちゃんのこと引きずってんのかよ」
遠慮なしに思いっきり笑われて、失恋で傷付いた心に塩をぶちまけられた気分になる。うるせーと返してみるものの、その声は覇気がない。
投げやりな俺の様子に、何か思うことがあったのか、大橋が笑顔を引っ込めて真面目な顔をした。
「なぁ、北海道の花って何か知ってるか?」
「北海道の花? そんなのあるのか?」
「都道府県ごとに代表の花ってあるんだよ。で、北海道の花はハナマスって花だ」
差し出された携帯の画面には、ピンクの花びらを何枚も重ねた華やかな花が写っていた。恐らくこれがハマナスなのだろう。
「かわいい花だな」
俺の感想に、携帯電話を尻ポケットに戻した大橋が頷く。そして、目の前の時計台に目を向けた。
「ハナマスの花言葉の一つに、“旅の楽しさ”があるらしい。フラれたからって、修学旅行を
楽しめないのは損だぞ」
「大橋……」
「この旅を思いっきり楽しもうぜ!」
ばしっと、運動部の容赦ない一撃が背中に振り下ろされる。息が一瞬詰まるも、送られた言葉が嬉しくて痛みもあわせて受け入れる。
「そうだな! 修学旅行、全力で楽しむわ!」
「おう!」
握りこぶしをつくって大橋に意気込んでみせると、にかっと大橋が歯を見せて笑った。
気持ちを新たに未だにはしゃいでいる友人たちへ近付こうと足を踏み出した瞬間、大橋が
軽く手を挙げた。
「よし、じゃあ時計台見学楽しめよ」
「は?」
先程のやり取りで一緒に回るとばかり思っていたので、出鼻を挫かれた。反対方向に歩き出そうとする大橋の腕を、慌てて掴んで引き留める。
「お前ひとりでどこ行くんだよ?」
こちらの問いかけにきょとんとアホ面を晒した後、にんまりと口角を持ち上げて大橋が笑
う。さっきとは打って変わって品のない笑顔だ。
「一人じゃねーよ。彼女と一緒に見学するんだよ」
「へ?」
大橋から告げられた言葉が飲み込めず、気の抜けた声が口をつく。
大橋に負けぬアホ面を多分自分も晒しているであろうことは理解していても、表情を引き
締めることはできなかった。
しばらく呆けた後、修学旅行前に告白すると言っていた大橋を思い出す。
「お前マジで死ね!」
怨念を込めて憎しみの言葉を投げつける。
彼女持ちの大橋に全く持って響いていないことは、この腹立つ顔を見る限り明らかだ。
ははは、と無駄に爽やかな笑顔で去っていく大橋に、脳内でバックドロップをお見舞いしてみせる。
やはり持つべきものは友人ではない。彼女だ。
けっ、と口の中で舌打ちをして、時計台へととぼとぼ足を進めた。