「あら。また兄さんはこんなに大量に送って……」

 実家に届けられた兄さんからの荷物には、冷凍された大量のジンギスカンが敷き詰められていた。
 適度に残された脂身が、タレに漬けられて輝いて見える。ジンギスカンの旨味が舌先に乗ったように感じて、思わず喉を鳴らす。

 地元を離れて、一人都会で暮らす兄の趣味は旅だ。
 日本各地を巡っては、こうして旅先からその土地の特産物を大量に実家宛に送ってくれる。

 カニや鹿肉、近江牛にゴーヤなど、これまでにも数多く特産物が届けられてきた。
 父と母の二人では消費しきれない量が毎回届くので、兄からの届け物を受け取った数日は、近くに住む私含めた親戚に召集がかけられて、ちょっとした宴会が行われていた。

 私が宴会での写真を送ると、兄から決まって電話がかかってくる。
「みんな喜んでいたか?  美味しかったか?」
 これまた決まった問いかけを最初にされ、私はいつも「喜んでいたよ。美味しかった」と返す。
 そうして、兄はいつも満足そうに「そうか」と呟いて、電話を切る。これもいつもの流れだった。

 兄は仕事が多忙なこともあり、なかなか地元に帰ってこない。
 仕事上、日本各地を行くことが多いため、趣味の旅は仕事とセットになっていることがほとんだ。

 忙しい身であることは両親も理解していたが、年を重ねるごとに介助の手が必要となってくると、兄に会いたいと私によく零すようになった。

 宴会をしていた親戚の中には、病気で身体を悪くする者も亡くなった者もいる。以前よりも集まる機会がぐっと減ったこともあり、特産物が届くたびに喜びに寂しさが混ざるようになった。

 親戚で集まることが難しくなった反動で、特産物を届けてくれる兄への想いが両親の中で大きくなっていることは私も気付いていた。

 何とかしてあげたい想いはあるものの、兄が多忙の身であることを理解しているため、間に挟まれた状態で何の身動きも取れずにいる。

「冷凍庫に全部入るかしら」

 冷凍庫の中には、前回の兄から届いた特産物も入っている。宴会ができないので、消費が追い付いておらず、老人の二人暮らしとは思えないほど、冷凍庫は常にいっぱいだ。

 どうにか消費しようと今晩のメニューを考えながら、ふと当たり前のことを今さらながら気付く。

 美味しいもので溢れた冷凍庫は、不器用な兄の精一杯な想いだ。
私からの連絡で、父と母が以前より足が悪くなって、引きこもりがちになっていることを知っている兄は、食を通して外の世界を感じて欲しいのかもしれない。

 日本各地の特産物が届く中でも、北海道の特産物が届けられる頻度は高い。理由は恐らく、両親が新婚旅行で北海道を選んだことにあるだろう。

 幼い頃より、兄と一緒に両親から何度も新婚旅行の思い出を聞かされた。北海道で体験したことを楽しそうに語る両親の顔は、今でもしっかり覚えている。

 きっと、兄もその顔を覚えているのだ。
 本人に聞いたわけでもないのに、それは確信に近かった。

「……ほんと、不器用よね」

 悩んだ末に、私は手にしていたジンギスカンをテーブルに置いて、近くに置いていた携帯電話を取り出した。
 ジンギスカンの写真を撮って、短いメッセージを兄に送る。

『ジンギスカンは一緒に食べましょう。ジンギスカン専用の鍋を洗って用意しておきます』

 現実問題、仕事の都合もある。すぐに現状を変えることは難しいかもしれないが、このメッセージをきっかけに、少しずつでも変わることを祈るのみだ。

 兄が写った小規模な宴会の写真が残せますように。
 電話で私がジンギスカンの感想を伝えるのではなく、両親が新婚旅行の思い出話と一緒に、直接兄に感想を伝えられますように。

 そんなことを思いながら、私は冷凍庫に詰めるべく、ジンギスカンが入った荷物を持ち上げた。