ここは音威子府村。
北海道の最北端の地、稚内から南に約一三〇キロ離れた場所にある人口約八百人ほどの北海道で最も小さな村だ。
面積の約八十パーセントが森林という、大自然に囲まれた立地。
かねてより木工芸が盛んなこの村には、この村唯一の高校。そして道内で唯一の工芸高校がある。
道内だけではなく全国各地から生徒が集まり、高校の三年間をこの小さな音威子府村で過ごすのだ。
「――皆さんは本日よりこの高校の生徒として」
緊張した面持ちで新入生が座っている。
まだ十五歳という年若い彼らは、親元を離れ寮生活を送ることになる。
授業の中心は木工や美術。芸術と向き合いながら、彼らは友人と友情を深め青春を送っていく。
小さな村だ。もちろん繁華街なんてものは存在しない。
街にという場所に行きたければ、電車に約一時間揺られて名寄のほうに行くしかない。
コンビニは一軒だけだし、遊びに行ける場所といえば河川敷くらいだろう。
なにもないつまらない場所だと思われるだろうがそんなことはない。
村名産の蕎麦は美味しいし、冬になると最高の雪質でスキーが楽しめる。
木工芸を学び、美術を学び、時には村民と交流を深める。
この学び舎で過ごす三年間はきっとかけがえのないものになるだろう。
都会の学校とはまた違った刺激。
親元を離れる不安。そして小中学と仲を深めた友人たちと離れる寂しさもある。
「俺、西村っていうんだよろしくな」
「よ、よろしくな」
ぎこちなく差し出された手。ぎこちなく笑う同級生の手もまた少し震えていた。
期待と不安。きっとこの入学式にいる生徒たち皆が同じ気持ちを抱えているだろう。
でも大丈夫。一月もすれば寂しさは消え、楽しさだけが押し寄せる。
寮で友人と楽しい時間を過ごしながら、自分の作品に集中する。
そうして切磋琢磨して、かけがえのない時間を過ごし、三年後僕らはそれぞれこの小さな村を羽ばたいていく。
この小さな村で過ごした三年は一生忘れないものになる。
そこで得た経験も、友情も。普通の高校じゃ絶対に得られないものだ。
知名度が低い、そしておまけに漢字も難しい小さな小さな村だけど。
ここで過ごし、そして旅立っていった若者たちの記憶の中にはずっとこの村の思い出が残っていくだろう。
いつかきっと、この場所に立ち寄ることがあればその時は胸を張って「ただいま」といいたい。