「なぁ、知ってるか。この学校の噂――」
教室の中に響く生徒の声。
ここは札幌市内のとある高校。どこにでもある「学校の怪談」話が繰り広げられることがある。
例えば、軽音部の部室に女学生の幽霊がいる――とか。
怪談を走り続ける首のない野球部員がいる――とか。
体育館近くのトイレを使うと良くないことが起きる――とか。
屋上に火の玉がみえることがある――とか。
昔から語り継がれたよくある怪談話。信じるか信じないかは……というものだが、この学校はそれだけではない。
「そんなことより、俺。昨日見たんだよ」
「なにを」
「オバケだよ! オバケ!」
そう話し始めたのは、寮に住んでいる男子生徒だった。
今は定期テスト前。授業は自習になることが多く、少し勉強に飽きた生徒が雑談をはじめた。
前に座る教師は少しくらいならいいだろうと、その男子生徒に話の続きをするようにと促した。
「いや、昨日。遅くまでテスト勉強してたんだよ」
彼は体を前のめりに、雰囲気たっぷりに話し始める。
「雨が降っててさ、じっとり蒸し暑くて。少し休憩しようと思って、冷蔵庫に飲み物取りに行ったんだ」
「へぇ、それでそれで?」
自習をしていた人たちも手を止め、彼の話に耳を傾ける。
「冷蔵庫を開けたのさ。そしたら、横から白い手がすーっと伸びてきたんだよ」
「誰か一緒にいたとか?」
「いやいや、俺一人。しかもそれ、女の人の手っぽくて。真っ白で、細いの。でもその時俺はなんにも考えてなくて……びっくりして急に「誰!?」って横向いちゃったの。そしたら――」
間を開ける。
全員が、話の続きを固唾を呑んで待っていた。
「青白い顔した女が立ってたの!」
その瞬間、一部の女子生徒が悲鳴を上げた。
「俺ビビって、すぐに部屋に戻って。寝てたヤツ起こして一緒に見に行ったんだよ……そしたら消えてたんだけどさ」
「はは! 勉強のしすぎで疲れて幻覚みえたんじゃねえの?」
と隣の男子生徒がひけらかすと、皆冗談だろうとけらけらと笑う。
一瞬温度が下がった教室内が、笑いにつつまれていった。
「――いや」
それを切り裂いたのは教師の声。
さすがに騒ぎすぎたのかと、生徒たちはしんと静まり返る。だが、先生は顔をあげてその寮生を見た。
「多分、本物だよ」
「……え?」
生徒がぽかんとする。
「あの寮。出るんだよ。雨の日とかどんよりした日には必ず。先生も……見たことあるから」
その瞬間、教室の空気は凍り付いた。
皆が恐る恐る窓の外を見る。今日もどんより黒い雲がかかった曇り空。
「俺……今日トイレ行けないかも」
それが嘘か本当か分らない。
だが、昔も……恐らくこれからもその学校の幽霊の目撃談は増えていくことになるかも、しれない。