有雪は東野が虎に清国の言語で「起きろ」と言った時から彼の特別な力に気が付いていた。

 この世には不思議な能力を持って生まれる人間は少なからず存在するのは確かだ。かく言う友之もその一人で、今は人間に化けているので彼以外の人間にも有雪は見えるが精霊時は見えない。友之は九条家に生まれたが故に有雪が見えるというわけでは無く、友之自身に見える能力があるということ。力の継承や遺伝などと様々な言葉を並べても理由は、はっきりとはわからない。それは、東野にも当てはまるだろう。ただ生まれ持ってしまったとしか言いようがない。そうこうしている間に虎は一歩一歩近づいて距離を詰めてくる。虎に罪は無いのだが。

「ごめんね」

 有雪は痛ましそうに顔を歪めた。

 虎が彼等に襲い掛かろうとした瞬間、有雪は目を閉じて集中する。精霊とてなんでも簡単に出来るわけでない。特に空間、場所を限定的に凍らすのは困難な方で有雪も緻密な力の操作が必要不可欠。東野は凍らせるとして見世物小屋の客や演者はどうなる。林檎飴を食べていた無垢な子供は、その親は。幸せそうに歩いていた年若い恋人達は。呼び込みをしていた中年女性は。必要最低限の被害で済む様に計算した有雪が目を開けた。そして、力を放つ。

―――あなたは精霊です。力は考えてお使いなさい

 有雪は凍った虎だけを見てかつて言われた言葉を思い出し苦く笑う。東野がいない。

「逃げられちゃったか」

「有雪!」

 凍った部屋は先程までとは違い、かなり冷えている。友之はなにが起きたのかわからなかった。一瞬のうちに虎もこの部屋も凍ってしまったから。

「見世物小屋全体を凍らせたよ」

「なんだって?そんな事したら」

 途端に大きな怒号と悲鳴が聞こえてきた。有雪が見世物を行っている表側も凍らせたので客が驚いているのかもしれない。友之はほっとした。すべての人間も凍らせてしまったと思ったから。無益な殺生を好まない有雪だが怒った時は別でどんな人間でも殺してしまう一面を持っていることを友之は知っていた。

「良かった。肝が冷えたぞ」

 大きく息を吐いた友之に比べて有雪は不満気だ。東野は凍らせる計算をしていたのにも関わらず逃げられてしまったからだろう。

「友之は、ララを連れて早くここから出て。悪趣味な見世物をやらされてた女の子も助けてあげてよ」

 蛇を食べていた女の子を思い出して、有雪が友之に懇願した。

「わかった。無茶するなよ、あと東野以外は殺すな」

「うん」

 有雪は逃げた東野の後を追った。