なんでこんな寒い冬にたった一人で北海道のこんな場所に出張でこなければいけないんだと思っていた。
「この近くで鶴が見られるんですよ」  
宿泊先の民宿。  
一人寂しく食べきれないほどの豪勢な夕飯を食べていると、
にこにこと女将さんが話しかけてくれた。
「鶴?」
「ええ。タンチョウヅルが見られるんです。朝とか散歩に出るとみられる確率ありますよ」
「この寒い中朝の散歩に?」
「結構出てる人いますよ? すぐ傍に平原があるんです」
「へぇ……」
「鶴が居るから鶴居という名前がついたらしいですよ……ご飯、おかわりいりますか?」
「あ、じゃあお願いします」  
女将さんはお茶碗を受け取って席を立った。  
次で二杯目だけど、お膳の上にはまだ刺身やジンギスカンなど沢山のおかずがのっている。
「食べきれるかなこれ……」  
民宿の食事がここまでとは思わず、俺は膨れてきたお腹をさすった。  

――翌朝、早く目が覚めた。

「……まだ五時か」  
二度寝をしようと思ったが、ふと脳裏に昨日の女将さんの言葉が蘇った。
「せっかくだから見に行こうか?」  
マップを見ると、近くに自然公園があるらしい。  
まだ皆が寝静まる中静かに外に出た。
「うう、さぶっ」  
分厚いダウンコートを着ても北海道の冬は痛いほど寒い。  
雪を踏みしめながら歩いていると、カラスとは違う聞き慣れない鳥の鳴き声が聞こえてきた。

「――あ」  

目を奪われた。   
目の前のだだっ広い平原に、鶴が何羽も止まっていた。  
こんな光景、都会では絶対に見られない。  
一面が真っ白の雪景色。   
その中でタンチョウヅルの赤い頭と、羽と足の黒い部分がとても目立つ。  
息が白い。
鼻の頭は冷たい。
でも寒さなんて気にならないほど、写真を撮ることも忘れてその光景をずっと眺めていた。
「本当に見れたんだ……」  
感動しながら民宿に戻った。  
するとそこには朝食の準備をしている女将さんがいた。
「おはようございます。お散歩行ってたんですね」
「おはようございます。ちょっと外に」  
興奮気味の俺を見て女将さんはにやりと笑った。
「いましたか?」  
その言葉が示す物は一つしか無い。  
俺は肩を竦めて頷いた。
「いました。本当に鶴が居る町ですね」
「でしょう? 都会では絶対に見られない最高の絶景ですよ」  
誇らしげに女将さんは胸を張る。
「さ、朝ご飯できてますよ。お味噌汁飲むと体温まりますから」  
そして俺はまた食べきれないほどの豪勢な朝食に舌鼓するのだった。  
最初はこんな田舎……と思っていたけれど、きてよかった。  

さあ、今日も仕事頑張ろう。