「……ひっ」 恋人同士の団らんが凍り付いた。
ソレが視界に入った瞬間、時間が止まったかのように部屋の中は凍り付く。
「……ゲジゲジ、じゃないよな」 「違うね」 カップルは顔を見合わせる。
二人の視線の先、フローリングの上には黒光りするアレ。
「……ゴキブリ?」 「……札幌に、ゴキブリ?」 北国ではほぼお目にかかることはない、
アレ――そう、ゴキブリ。
すすきのなどの繁華街ではよく見ることもあるそうだが、まず民家にでる機会はない。
なので、それを目の当たりにした道民はまずその虫の正体を疑う。
「いや、ゴキブリってこんなでかいの?」 「……いや、絶対ゴキブリだって」
二人は恐る恐るスマホを片手にソレに近づいていく。 そう。道民はゴキブリを見る機会が少ない。
よって、最初に手に取るのは丸めた新聞でも、殺虫剤でもなく、スマホ。
「写真撮っとこう」 「東京の友達に聞いてみるわ」 静かな部屋に鳴り響くシャッター音。
「つか、これ……叩ける大きさじゃないよな。カブトムシくらいあるぞ」
「ムリムリ。こんなん叩けないよ。殺虫剤、持ってくる?」
相談しながらカップルはソレから目を離さない。 彼氏が殺虫剤と丸めた雑誌を手に、ソレと対峙する。
「いく? いっていいの?」
「やれ、やれ。今、友達もそれゴキブリだって返事来た。写真撮るなんて頭おかしいって」
しかし彼氏は中々動かない。
道民は、ハエや蚊は殺せど、ゴキブリくらいの大きさの虫を退治するのになれていない。
「いや……これ叩ける大きさじゃないって!」
「でもどうするのよ! 一匹家にいたら百匹家にいると思えっていうじゃん!」
「あれだよ、きっと宅配便の荷物に紛れてたんだ!」 ぎゃーぎゃーと言い合いをするカップル。
そのうち、止まっていたソレは動き出した。 「うあああああ! 動いた!」 「早い! 早く、スプレー!」
彼女は彼氏の手からスプレーを奪い、ソレにかけた。
動きが鈍ったソレ目がけ、彼氏が思いきり雑誌を振り下ろす。 「……やった?」 「……やったね」
こうして、カップルの家からヤツの気配は消えた。
二人のカメラフォルダにはやや暫くアレの写真が残り、会った人たちにその話題で盛り上がるのであった。