「イラッシャセー!」  所は北海道は札幌市すすきの。小さなラーメン屋「満腹軒」に片言の声が響き渡った。  
「なんだ? 見ない顔だな!」  やってきた常連客は厨房の奥にいる大柄の男を見て唖然とする。  
ルディネは宣言通り、今日からタバタの店で手伝いをすることとなった。
「ちょっとした知り合いさ。しばらくの間店を手伝ってもらうんだよ」
「へぇ……人手が増えてよかったな大将。じゃあ、いつもので!」
「あいよ、味噌ラーメンとチャーハンな」  ここはタバタがほぼ一人で経営している。

席数は少ないが、それでも昼時は満席近くなる。
めまぐるしく入る注文を、タバタを慣れたようにこなし鍋を降り続けた。  
その間ルディネは必死に皿洗いをしていた。 (これがこの世界の労働……剣を振るうよりも辛い)  
魔物と戦うことには慣れているが、このような仕事ははじめてだった。

次々やってくる丼を洗っては『食洗機』と呼ばれる機械に入れていく。単調ながらも中々に辛い。  
背の高いルディネにはここの厨房はいささかサイズがあわず、ずっと中腰の姿勢。
慣れない仕事にルディネの体は悲鳴を上げた。 「おう。ルディネ、辛かったら休み休みやっていいからな」  
タバタは時々ルディネを気にかけて声をかける。  なにをいっているかは分からないが、その表情から大体のことは察した。

けれどルディネは歯を食いしばり、手を動かし続ける。  
これが今自分にできるタバタへの精一杯の恩返しなのだから。 「……ふー。これで、一段落だな」  
客が落ち着いたのはそれから数時間後のことだった。

午後二時半。満腹軒の昼営業は終了した。
「……つ、疲れた。こんなに疲れるものなのか」

最後の客を見送り、ルディネは頭に巻いていたタオルを脱ぎすてシンクに手をつき、その場に座り込んだ。

「お疲れさん。今日は珍しく混んでたな。いつもはもっと暇なんだけどよぉ。いきなり疲れさせちまったな」  
タバタはけらけらと笑いながら、カウンターに座り煙草を吹かす。  
なんで彼はこんなにけろっとしているのだと、ルディネは信じられないものを見る目で彼を見上げる。

「うし、頑張ったヤツには褒美が必要だな。ちょっと席に座って待ってろ」  
そうしてタバタは厨房に立ち、再び鍋を降り始めた。  店に漂ういい香り、ルディネはいわれるがままにカウンター席に座り一息ついていた。 「ほらよ。今日の賄いだ」 「……マカナイ?」 「昼飯まだだったろ? 一緒に食べよう」
出てきたのは昨晩食べたラーメンと呼ばれる食べ物と、米でできた山。

中には具が混ざっており、食欲がそそる香りが立つ。
「コレハ?」 「ああ、チャーハンっていうんだ。これもはじめてなのか。ウチの店のチャーハンは美味いんだぞ!」
 自慢げに笑うタバタ。  ルディネはごくりと唾を飲み込み、手を合わせてチャーハンをレンゲで掬い口に運んだ。
「……なんだこれは!!」  ルディネは目を見開いた。

美味い。
米が口の中でパラパラとして、肉や卵の味を感じる。こってりとした味だが、くどくはなく幾らでも食べられる。
味噌ラーメンとの相性も抜群だ。 「……この世界の食事は、美味すぎる! 働いた甲斐があった!」  
感極まりながら美味しそうに食べるルディネをタバタは微笑ましそうに見つめる。

「お前は本当に美味そうに食べるよなぁ。料理のしがいがあるってもんよ」  
こうして二人で賄いを食べながら、ルディネの異世界労働一日目は過ぎていったのであった。