ここは北海道のド真ん中、旭川。
 円卓を囲んだ3人の神々が、それぞれの面持ちをしている。
 自信満々に笑みを浮かべている関東神。そして、その横で両者の顔色を伺いながらどこか落ち着きの無い東北神。
 北海道神はいきなりやって来た2人の神の顔を見て、嫌な予感がしていた。
 きっとロクでもないことを言われるんだろうと、可能であれば逃げ出したい気持ちを何とか抑えながら持て成していた。
「北海道神、そろそろ温かい北海道にしてみないか?」
 注がれた紅茶に口をつけず、そう口にしたのは関東神だった。北海道神は、やはりと思い、心の中で溜息を吐いた。
 神々が支配する地域はそれぞれ自分が過ごしやすい気候にするのが習わしだが、神によってはそれを他の地域に押し付ける輩も居る。
 その代表的な存在が関東神であり、いわば勢力図争いみたいなものに躍起になっている神々の内の1人だった。
 北海道神は大人しくあまり積極的に発言する性格ではないため、神々の諍いを横目で眺めつつも、いつかこの様な外圧が来るのではないかと以前から思っていたのだ。
「……いえ、私は寒い方が好きなので」
「ふむ……そうか。ではお前はどう思う?」
 やんわりと難色を示した北海道神の答えに得心出来なかったのか、関東神は横の東北神に話を投げた。
「ええ!自分は悪くないと思ってます!北海道神さん、別にいいんじゃないですか?暖かくなっても」
 東北神は2人に視線を行き来させ、薄ら笑いを浮かべながらそう言った。どうやら東北神はすでに関東神の手中にある様だ。
 本来であれば東北神も北海道神と同じくらい冷気を好んでいるにも関わらず、東北地方の平均気温が北海道よりも高いのはそういう事だった。
「ほう、そうかそうか!なあ、北海道神。東北神もこう言っている。意地を張るとあまり良い事はないぞ?」
「……でも」
「なに、違和感を覚えるのは最初だけだ。俺の陣営につけば悪い様にはさせない。どうだ?」
「そうですよ!近々大きな戦争が起こります!このまま行けば損するのは北海道神、あなただけなんですよ!?」
「…………」
 2人の神々の半ば恫喝にも近い説得でも、北海道神が首を縦に振る事はなかった。
 そんな様子を見ていよいよ痺れを切らしたのか、関東神は指を鳴らしながら席をたった。
「残念だ。非常に残念だよ北海道神。本来であればこんな事はしたくなかったのだが、分かってもらえないのであれば仕方ない。力で平伏せるのみだ」
「確かにしょうがないですね!悪いのは北海道神!あなたですよ!」
 北海道神は、最初からそのつもりだったんだろう、という言葉を何とか胸の内に押し留め、勝ち誇ったかの様にニヤニヤしている関東神を睨みつけた。
「ほう、やるというのか?貴様如きが?ハッ、いいぞ!来てみろ!」
「ほ、北海道神!無理しないでください!あなた戦い方なんて知らないでしょう!?」
 北海道神は、余裕綽綽で佇んでいる関東神の下へつかつかと歩み寄ると、右手を大きく振った。
「フッ、そんな腕で……」
 その言葉が途切れた後、場には何故か静寂が訪れていた。
 目の前の状況を把握出来ず、しどろもどろになっているのは東北神ただ1人。
「は……?え……?あの、関東神は……?」
「帰って貰ったの。地元にね」
 両手についたゴミを払う様にパンパンと音を立てる北海道神を見て、東北神は覚束ない足取りで何やら絶叫しながら去って行った。
 北海道神はまだ僅かに暖かい紅茶を優雅に飲みながら、今年も早く冬が来ないかな、と思いを馳せるのだった。