「おしゃれのために生脚で来たのに……寒っ!」
「ふふっ、私は万全っ! どうどう、似合う?」
私がくるりと回って、少し短めにした制服のスカートを翻すと、
透かし模様の入った薄い黒タイツにみんなの注目が集まった。
「それいいっ! 今の北海道にピッタリって感じ! さっすが恵海ってセンスいいよね—!」
友達のみんなが食い入るように頷いてくれる。私は得意になりながら、6月の小樽の涼しい気温を満喫していた。
でも、友達のみんなは気づいていない。
私は『手加減』をしているということを……

大正ロマンを思わせる小樽の町並み。
「鹿鳴館とかもありそう! ああいうドレス、着てみたいよね!」
何を言っているのか。この町並みにぴったりな服があるではないか。そう、私が憧れてやまない、ゴシックロリータが。
温暖化も進んだことで、全身を覆うだけに暑く、値段も高いゴスロリの流行は終り、着ている人を見なくなった。
ヘッドドレス、バッグもフルセットで買わなければならないだけに、私は未だに手を出せない。
たまに町中でその服装の人達を見かけても、友達からは『ちょっとセンスを疑う、今更恥ずかしい』という辛辣な評価がなされていた。
それで、私は他人の目を気にしてこんな安い服を着ているわけだが……これは私の本気ではない、と思う。
「そろそろ小樽運河みたい! 綺麗なところだろうし、みんなで写真を取ろうよ!」
「うん、恵海のベストコーディネイト、しっかり収めてあげるからね!」
何がベストなのやらと思いつつも、私は愛想笑いを返した……

「なにこれ……運河なのは間違いないけど、見どころはないよね……」
ただの細い川に、細い橋。
ライトアップすらもされていない昼間では、写真に映えるような要素は何一つそこにはなかった。
「まだ時間はあるし、どこ見て回ろうかな……ん?」
私が検索したところ、北一ヴェネツィア美術館というのが見つかった。
私が友達にそれを提案してみたところ、退屈を持て余していた友達も喜んで同意してくれた。

綺麗に装飾されたゴンドラの展示に出迎えられ、貴族の邸宅が再現されたような部屋を、私達は次々と閲覧する。
「うーん、正しく今の気分はお姫様! でも、ここって写真撮影禁止なんだよね……」
「でも、カーニバル用の衣装を着られるコーナーだと、写真撮れるみたいだよ?」
「うん、行こうよ! いいよね、みんな?」
私はゴスロリではなくてもドレスを着られるという期待のあまり、率先して同意を取りまとめ、撮影コーナーに向かった。
そこで私達は圧倒された。カーニバルの衣装よりも料金の高いドレスはイタリアへの特注であり、玩具臭さが全く無く、お姫様そのものなのだ。
「よし……! ここは思い切って、高いのにする!」
私は自分のセンスを友人に見せつけるべく、2200円の特注ドレスを選んだ。

安くても綺麗なカーニバル衣装を着た友人たちは、大はしゃぎで大仰なポーズを決めては撮影を繰り返す。
だが、ドレスを着た私は、今ひとつ服が似合っているように感じず、何度も鏡を見ながら作り笑いを繰り返す。
なにかが足りない。衣装の魅力を引き出せているような気がしない。私は自分の感性の限界を思い知らされた。
「いいよねー、一度はこういう服って着てみたかったんだ!」
友人のその言葉が聞こえた時、私はハッとした。
——私のドレスへの覚悟なんて、こんなものだったんだ。
一度でも綺麗な服を着てみたいということと、その服を着て魅力的に思われたいというのは全く違うのだ。
本当にドレスを愛しているのならば、恥ずかしいと思われようとそれを身に着け、自分が服に選ばれるように徐々に磨かれていかなければならないのだと。
いつかまた、ここに旅行に来よう。
このドレスを着ている自分に満足できる瞬間を迎えよう。
みんなと撮影した写真を見せ合う中、私はスマホを手に、人気の化粧品を検索していた。
北一ヴェネツィア美術館。首を洗って待っていて。