北海道の冬の寒さはひどいという。
これさえなければ住んでもいいのにと思えるほどに。
という、ネットの情報を見た出身地沖縄、沖縄在住であるにも関わらず、名前が橋見雪子たるこの私は、その極寒の地へ向かおうとしていた。あえて冬に1人で。
沖縄と北海道という距離かつ雪祭り期間ということで、飛行機チケットが高すぎるのがよくないのだ。
価格の問題さえなければ、友人もついてきてくれると言っていたのに。
しかし準備は万端だ。
沖縄では使わない、毛糸性の帽子と手袋! ダウンコート! 発熱式インナーを上下!
私は冬の寒さに勝利できた実感を本格的に味わいたいばかりに、中央区への到着を今か今かと待ち続けた……!

「下車の際はお足元に注意してくださいね」
「ぎゃんっ!」
バスの運転手の注意を促す言葉と、私が滑って転んで顔面から雪に突っ伏すのはほぼ同時だった。
「あの……お客様、大丈夫ですか?」
準備をした自負がある以上、これ以上恥を晒したくない私は、心配する運転手に、無言で手を振りながら、その場を立ち去った。

「失敗したかもしれない……」
ホテルの所在地まで、雪まつり会場である大通公園を歩きつつ向かおうと思ったのだが……今日は運悪く猛吹雪だった。
寒さはダウンコートをやすやすと貫通し、雪は解け冷水となり手袋とスニーカーを侵食していく。
コートのフードをかぶっても、横殴りの雪は休むことなく目に直撃し、視界のみならず歩き続ける集中力を奪い去っていった。
一説によると、雪女は雪山で行き倒れた人がなるのだという。
私も雪子という名前のごとく、雪女の仲間入りをしてしまうのかもしれない……
意識が朦朧としていく中、私は無意識に明かりのある建物に入ろうとしていた。
暖さえ取れればそれでいい、迷惑な冷やかし客だと思われようと構うものか……

「道に迷ってしまいました……どうか少し休ませてください」
「なんだい藪から棒に。日本昔話かよ……」
店に入った私の第一声に、老年の店主は呆れたように返事をした。
私は雪まみれになった顔を手で拭ったが……ここは作業服専門店のようだ。
「おいおい! 靴が防寒靴じゃなくスニーカー、手袋がレザーですらなく木綿、あんた北海道の人じゃないね?」
まだ声もろくに出ない私がうなずくと、店主は店の中の商品をピックアップしはじめた。
「買ってきなよ。この街で死なれても夢見が悪いんだ」
店主の持ってきたものは、冬用の作業靴、防水手袋、モバイルバッテリーで作動する電熱ベストだった。
私は死ぬ思いをして旅行を続けるならばと思い、迷わずクレジットカードを出して決済した。
「ついでにこれを持ってきな。サービスだ」
買った装備を着込んでいた私に、店主がスキー用のゴーグルを差し出してくる。
「きっとこの街、この季節が大好きになるぜ。さあ、行ってきな!」
そんな事があるものか、と思いつつも、私はお礼を言って店の外に出た。

「おおおー!」
外に出た私は猛吹雪の立てる音のような歓声を上げた。
電熱服で体を温められ、手足が解けた雪に見舞われず、視界も難なく確保されることがこんなに快適だったとは。
頭だけが涼しく、汗すらもかくことなく、ほんのりと暖かいこの心地よさは、沖縄では永久に感じられないものだ。
先ほどまでは触りたくもなかった雪に、私は何度も腕を突っ込み、雪玉を作って遊ぶ。
この時間が名残惜しいと言わんばかりに、私は吹雪の中を踊るように軽やかに彷徨い、思い切り寄り道をしてからホテルへ向かっていった。

ホテルの温泉は素晴らしかった。
上半身を降りしきる雪に晒しながら、体を温めるのは格別だ。
——北海道は冬が最も楽しい時間だったんだ。あのおじさんが言ったことは嘘じゃなかった。
「はぁ……明日も猛吹雪らしいよ」
「げ、ついてないなぁ……せっかくの雪祭りなのに」
観光客のその会話を聞き、私は小さく歓声を上げ、ガッツポーズを無意識に取っていた。
そう……雪女の仲間入りをしたかのように。