わたしは鹿である。名前はない。  

わたしには家族がいる。母と、兄だ。  人間が暮らす町が近い森の中で、家族三人で暮らしている。  
母がいうにはここは「サッポロ」という場所だそうだ。  

母は物知りだ。  
餌が沢山ある場所。綺麗な水が飲める場所。安心して眠れる場所。それをちゃんと教えてくれる。  
いつかわたしと兄が一人で暮らすようになってもきちんと生きていけるように。優しく厳しく教えてくれる。

 
仲間は周りに沢山いた。  トリにキツネにリス。たまにはクマさんもいて。
そんな愉快な仲間たちとわたしたちは暮らしている。  

ある日わたしたちは母に連れられて森を抜けた。  
急な坂の上には見たことのない箱があった。  
あそこにはニンゲンという生き物が住んでいるらしい。
わたしたちとは違い、二本の足で歩き、走るのも遅い。  
でもニンゲンは鉄の大きな乗り物に乗って、時々わたしたちの仲間を轢いてしまう。  
ニンゲンにはあまり近づいてはいけないといわれた。近づかなければ大丈夫。
そうやってわたしたちはニンゲンと共存してきたのだから。  でも、最近森は食べ物が少ない。  
ついニンゲンの縄張りに近づいてしまうことがある。
彼らは物珍しそうにこちらを見て、時折変な音がするキカイを向ける。  
でもニンゲンが育てた野菜を食べると、酷く怒られる。でも、彼らが作った食べ物はとても美味しい。    

そうしてわたしはこのサッポロの森の中で過ごしてきた。  
いつの間にか兄もわたしたちの元を離れ、家族を築いた。あとはわたしだけ。  
今日も母と二人でいつもの水場に行こうと、森を抜け道を渡ろうとした。  
するとそこにニンゲンが操る鉄の塊が突っ込んできた。  
先に渡ったわたしは平気だったけれど、母は地面に倒れたきり動かなくなった。  
優しかった母の目は遠くを見ている。きっとここではないどこかへ行ってしまったのだろう。  
ニンゲンの乗り物もボコボコになっていた。  
わたしは暫く木陰に隠れて母の様子を伺っていると、ニンゲンたちが増えてきた。  
そして母はニンゲンの手によってあの乗り物に乗せてどこかに運ばれていった。  

わたしは一人になった。  
でも、大丈夫。母が教えてくれた。ご飯の食べ方、水を飲める場所、安全な寝床。そしてニンゲンの怖さ。  
わたしもいつか家族ができたら教えるんだ。  

そう決意して、わたしは一人この森の中で生きていく。