「ドライブデートに行こう」
 時はコロナ禍。外出自粛で家に籠もりきりの日々。
 外食も行けない、友人とも会えない。
 いつ終わるとも知れない生活に辟易していた時、妻が唐突に口走った。
「行くってどこに」
「支笏湖」
 妻が提案したのは、俺たち夫婦の思い出の場所だった。
 北海道は千歳市にある「支笏湖」――日本で二番目の深度があり、なんと日本で一番の水質を誇るほどの美しい湖だ。
 その昔は一度湖に落ちたら二度と上がってこれないため、皆底には骨が沢山残っている「死骨湖」などという怪談話を小学校の頃聞いて震え上がったものだ。

 翌日、俺たちは車を走らせ市内から支笏湖に向かう。
「ふふっ、お出かけなんてひさしぶりね」
「そうだな」
 軽快なラジオが流れる車内。
 隣に座る妻はとても機嫌が良く、化粧をして、可愛らしい服を着て、いつも以上にめかし込んでいた。
 きっと妻も鬱憤が溜まっていたのだろう。
 家にずっと籠もりきりならお洒落もかまけてしまう。こんなに綺麗な妻を見たのはなんだかえらく久しぶりなような気がした。
「どうしたの?」
「……いや」
 素直に褒められない己を恨みながら、俺はハンドルをしっかり握り曲がり道が多い峠を越えていくのであった。

「――着いた!」
 湖に着くと、妻は大きく伸びをした。
 駐車場は車がまばらで、人も少ない。いつもならば毎日のように観光バスが止まって旅行客が多く訪れている観光名所だというのに。
「ねぇねぇ、アイス食べようよ!」
 閑散としている雰囲気を物ともせず、妻は楽しそうに俺の手を取って歩いて行く。
 なんだか初めてのデートを思い出すようだ。大学生の頃、取り立ての免許で、親の車を借りて、まだ付き合ったばかりの妻と一緒にこの場所へ来た。
「……今、スワンボートやってないみたいだね」
「そうだな。まぁ、こんなご時世だからな」
 ソフトクリーム片手に、湖畔をぷらぷらと散歩する。
 ずらりと綺麗に並んだ木柵沿いを歩いていると、湖に寂しげにぷかぷかと浮いているスワンボートが見えた。
「初デートの時、乗ったよね」
「たしか、遠くまで行くぞって張り切ったら帰りバテちゃったんだよな」
「そうそう! お互い汗だくになって帰ってきて……次の日筋肉痛になっちゃって」
 思い出話に花を咲かせながら楽しく笑う。
 まさかあの時はこんな風になるとは思わなかった。暖かく散策するには良い季節、だが、歩く人は少ない。
 こんな綺麗な眺望を独り占めできていいのかもしれないけれど、やはりどこか寂しい気がする。

「……ねぇ」
 ふと、妻が呟いた。
「また、こようね」
「うん。これくらいなら、誰に会うこともないし………気分転換には丁度良いよ」
 そうじゃなくて、と妻は俺の手を握る。
 そしてそれを自身の腹へと導いた。
「――今度は、三人で」
 その言葉の意味を理解するのに俺は少々の時間を要した。
 じわじわと、たまらない嬉しさと感動が込み上げてくる。

 ああ、また忘れられない思い出が一つ増えた。