「くそ!雨なんて聞いてないぞ!」
 下校中に突如として発生したゲリラ豪雨に見舞われた俺達は、鞄を頭に乗せながら必死に走っていた。
「おい裕也!あそこに非難するぞ!」
 先を走っていた道夫の叫びに追従する様に駆け込んだ建物は、バスの停留所だった。
 バス停と言えどもしっかりとした木造造りの家は、規模の小さい道の駅の様な出で立ちをしていた。
 入り口付近には到着したバスが見えやすい様にベンチがいくつか並んでおり、それなりに広い間取りの奥には、子供が遊ぶキッズスペースが設けられていた。
「あーあ、散々だな。下着までビショ濡れだ」
「仕様がない。いつもの事だろ?」
 うんざりといった様子の道夫に、俺はありきたりな言葉しかかけられなかった。
 俺達が住む興部町は天気の移ろいが激しい。
 今朝の天気予報では快晴続きのはずだったのに、今みたいにゲリラ豪雨に打たれる事も少なくはない。
「ここでしばらく雨宿りしようぜ」
 道夫の提案に頷き、濡れた体から水分を落とす様に激しく体を振ると、振り続く豪雨を窓から眺めていた。
 ベンチに腰掛けてその時を待つ。
 だが、いくら待てども一向に雨が降り止む気配は無い。
 いよいよヒマを持て余したので意味も無く室内を歩き回ってみると、キッズスペースにおもちゃ箱が置いてある事に気付いた。
 ひょいと覗いてみると、中身は積み木やらパズルやら時間を潰せそうな玩具で犇めき合っていた。
 そんな中、とある物を見つけたので徐に取り出して遊ぶ事にした。
「おいおい、中学生にもなってけん玉かよ。小学校で卒業しとけよ」
 外を見ていた道夫が、首だけをこちらに向けて呆れていた。
「いいだろ。どうせヒマなんだ」
 俺は道夫を軽くあしらうと、あらゆる角度に動かしながら剣先を穴に差し込もうとするも、悉く弾かれてしまう。
 ああ、確かあの時もけん玉に夢中になっていたな。
「そう言えばさ」
「ん?」
「俺昔不思議な体験したんだよ」
「不思議な体験?」
 俺が小学生の時、今みたいにけん玉に夢中になって遊んでいた事があった。
 そんな時、剣を玉に刺すのに苦戦していると、ふと顔も名前も知らない子が近づいて来た。
 ――大変そうだね、どうぞ。
 彼がそう言って指をさすと、ふわっと浮いた玉がゆっくりと剣先を目指し、すっぽりと差し込まれて行ったのだ。
「そんな事があってさ」
「え?」
 俺のエピソードトークを聞いた道夫は、何言ってるんだこいつと言わんばかりに怪訝そうな顔をした。
「これのことか?」
 道夫はベンチから腰を上げてこちらへつかつかと歩み寄り、人差し指を俺が持つけん玉に突き付けた。
 すると、あの時と同じ様に玉がふよふよと宙に浮かび剣先を包み込んだのだ。
 俺は驚愕せずには居られなかった。
「道夫!お、お前があの時の子だったのか!?」
「はあ?知らないよ。これ誰でも出来るだろ?みんな小学校で卒業したんだよ」
 道夫はゲンナリした様に踵を返しベンチに座ると、止まない雨に溜息をついていた。
「…………ああ、そうだったな」
 俺は自分がソレを出来ない事を恥ずかしく思い、その事がバレたくなかったので、道夫に届かないほど小さい声でそう呟いた。
 雨が降り止む気配はしばらく来そうになかった。