分厚いチャーシューを嚙みちぎり、半熟卵を口に放り投げ、数回咀嚼して飲み込むと、一気に麺を啜った。
「おかわり!!」
「おおっと1位を走る真鍋選手!もうおかわりだ!順調に食べ進んでいる!噂の高校生がこのまま優勝か!?」
気合いの入った実況がさらに俺を熱くさせる。落ち着け、試合はまだ中盤。油断は禁物だ。
次の一杯が到着するまでの間、火照った顔を冷却する様に水を胃に流し込んでいく。
チラッと横目で確認すると、アイツはまだその実力を発揮していない様だった。
よし、行ける。今日こそは勝つんだ。
絶対に負けられない戦いがここにはある。
「おかわりお待ち!」
俺は再び現れた刺客へと襲い掛かった。
小さい頃から人付き合いが苦手だった。
誰かに話しかけられると、何を喋っていいのか分からなくなる。そのおかげで、今の今まで友達と呼べる人間はいない。
だが、食べている時だけはその辛さを忘れる事が出来た。
そんな中、何がきっかけか思い出せないが、小学生の頃に地元の大食い大会に出場して優勝した。
その時確信した。俺には大食いの才能がある、と。
それからというもの、北海道中の大食い大会に出ては表彰台の一番高い所を独占してきた。将来はフードファイターになるんだと、明確な夢が出来たのも自然だろう。
しかし、試練は突然訪れた。
急に現れたあるファイターが、どの大会でも俺の前に立ち塞がったのだ。それは女性だった。しかも俺と同じ年の高校生。
悔しかった。アイツに勝ちたい。その思いだけで胃に穴が空くほど練習した。
そして、この札幌で行われる味噌ラーメン大食い大会でのリベンジに目標を定めた。予想通り、アイツも当然の様にエントリーしていた。
だが、今回ばかりは敗けない。
試合開始ギリギリまで山にこもって得た集中力と空腹感を武器に、俺は今日優勝する。
決意も新たに麺を啜っていた時だった。
「おかわり」
アイツの声が響いた。
横目で覗くと、アイツは下ろしていたロングストレートをゴムで結び出した。
いよいよ来た。本気だ。
「おーーっと!恐ろしいスピードだ新谷選手!最強JKフードファイターがついに動き出した!」
実況に熱が入る。
俺も気合いを入れた。
野菜を攫う。
肉を頬張る。
そして啜る。
ひたすら麺を啜る。
脇目も振らずただただ啜る。
周りは何も見えない。
忍び寄る満腹感と必死に戦う。
啜れ。
敗けたくない。
啜れ。
勝ちたい。
啜れ!
俺が一番だ!
啜れッッッ……!
「……タイムアップ!決着です!優勝したのは……最強JK!新谷選手ッッッ!!」
会場の熱気は最高潮に達していた。観客も選手もスタッフも、全員アイツを称えている。
そんな熱狂の中、俺は涙を流していた。
また勝てなかった。
「ねえ、あなたどんな練習をしているの?」
突然かけられた声に驚きそちらを向くと、アイツがすぐ側に立っていた。
「……山ごもりだ」
「フッ、それは練習とは言わないわ」
アイツは俺の決意を鼻で笑った。
気恥ずかしさと情けなさで拳を握りながら俯いたが、どういう訳かアイツは俺に手を差し出して来た。
「強くなりたいのならこの手を取りなさい。強者が集う場に招待してあげるわ」
「……どうしてだ?」
「毎回この私に本気を出させている相手がロクに練習していないのを不憫に思っただけよ。で、どうするの?」
「…………後悔しても知らないぜ?」
俺は涙を拭いてその手を取った。
これが俺の生涯のライバルであり、初めて出来た友達との本当の出合いだった。