旭川の春は遅い。
内地の春は3月、桜の開花宣言を聞く頃はまだ外は雪景色だ。それでも3月になると氷点下の気温が二桁から一桁になり、道民からは「あたたかい」という言葉もちらほら聞こえてくる。除雪も上着を着ずにやってしまうこともある。日常的に氷点下十度、寒い日で二十度にもなるため、一桁の気温になる頃には外気温も暖かく感じる。

氷点下二十度の世界は寒いというより痛い。肌の細胞が凍ってしまい、柔らかいはずの皮膚の表面がパリパリと音を立てて剥がれ落ちるような感覚。そこまで来ると流石に厚着をしてでかけることになる。耳を澄ますと山の方からパーンという音が聞こえてくる。これは木の中の水分が凍ることで膨張し、破裂してしまった凍裂の音だ。それほどまで厳しい環境が2月にある。そんな世界で3月に春なんかが来るはずがない。徐々に気温が上がり、雪が溶け、田んぼや畑の土が見えてくるのが4月に入ってから。桜の花なんてさらに1ヶ月先だ。

旭川では春の訪れを二度感じる事ができる。一度目は5月のゴールデンウィーク前後で開花する桜だ。根室市ではさらに遅いチシマザクラの開花宣言なんかもある。それくらい北海道の桜は内地と比べても遅い。そして二度目は田んぼに水を入れ始めた時。五月に入ると農作業も慌ただしくなってくる。トラクターで田んぼを起こし、用水路から水を入れて田植えの準備だ。田んぼに水が入ると土が目を覚ます。すると水を入れた夜には冬眠から目覚めた蛙が歌い始める。

蛙の声が聞こえてくると、やっと春が終わるんだなという気持ちになる。春から夏にかけて様々な種類の蛙が大合唱を始め、夏になるとその声も一番大きくなり眠れなくなるほどだ。季節の音は様々だが、春の音が最も心地よいかもしれない。寒い冬が終わり、温かい季節が始まると同時に行われる大合唱。夏の蝉の音も、秋の鈴虫の音も、冬の木々が破裂する音も、北海道には四季折々の音がある。そんな音に囲まれて、私は今日も田んぼを眺めている。