先程まで天高く昇っていた太陽が沈みつつあり、1日が終わろうとしている。ここはのぼりべつクマ牧場という名で人間に親しまれ、私はそのメインキャストとして働いている。働いていると言っても、愛嬌を振りまき人間から投げられるエサを食べるだけのお仕事だが。
毎日毎日同じ場所で寝ては食べの繰り返しでつまらなそうだ、と人間は思うだろうか?実はそうでもない。人間は私達を見に来ている様だが、私達もまた彼らを観察しているのだ。
人間の生態は面白い。言葉や態度で感情が顔に現れるので、その変化や会話を楽しむ事が私に日々刺激をもたらしてくれる。私達が人間の言葉を理解しているなど、彼らには想像もつかないだろう。
とは言え、朝から連続して投げられるエサを食べ続けてもう何も口にしたくない私としては、この辺で終業にしたい気分だ。冬ごもり明けの身では、陽気な気候のおかげで急に増えた人間達の善意に食欲が追い付かない。
特に興味を惹かれる対象も居なかったし、人影もまばらとなったのだからそろそろお開きにしてもいいのだが……ん?
「何言ってんだ幸雄!杏奈はオレと一緒に帰るんだ!杏奈!俺と帰るよな?」
「啓介の言う事は聞かなくていい。杏奈ちゃんは俺が送って行くよ」
「え、えと、その、あの……私は3人で一緒に…」
いつの間にかすぐそこに3人の子供達が居た。背格好から見て、小学生とか言う年頃だろう。声を張り上げるツンツンした髪の少年と、さっぱりとした短髪でクールな少年が何やら揉めており、その間で長髪の少女が困っている。
ふむ。会話の内容から察するに、いわゆる三角関係というやつか。2人は私の視線を気にも留めずギャーギャーと自らの主張を繰り返しているが、少女の思いとは裏腹に話は平行線を辿っている様だ。
面白い。人間には成長するほど本心を表に出さないと言う習性がある。ところがこの少年達と来たら、自らの欲求に忠実に従い、好む異性の奪い合いをしているのだ。
私達とよく似ていて、親近感を抱いてしまう。1日の終わりに良いものが見られそうだ。
「ふう、埒があかないな。じゃあこうしよう。俺と啓介であの熊にエサをやって、先に食べられた方が一緒に帰る。どうだ?」
「乗った!オレこういう賭け事は得意なんだ!杏奈もそれでいいよな!?」
「う、うん……」
短髪少年が急にこちらを指さしたと思ったら、2つのエサが同時に私の足元に転がった。話し合いで解決できなかった結果、どうやら勝敗を私に委ねる事で場の決着を図るつもりの様だ。見上げると、目を期待に輝かせた少年2人が、身を乗り出す様にして私を注視していた。
勘弁して欲しい。もう何も食べたくないというのに。
それよりも君達、その立ち回りはどうなのかね?本能のままに欲望を満たす事は否定しない。私達もそうなのだから。
だが君達の場合は違うのだろう?長年の観察で鍛えた私の洞察力を侮って貰ったら困る。ほら、少女が俯いている。君達の瞳に映すべきは私ではなく、彼女の悲しそうな顔なのではないかね?
やれやれ、仕方が無い。重い腰を上げるというのはこういう時に使うのだな。
「ん?おい、見ろよ。何かあのクマ…手招いてないか?」
「追加のエサが欲しいのか?それにしては何かを見てる様な…まさか、杏奈ちゃんを?」
「わ、私もあげた方がいいのかな…じゃあ、えいっ!」
伝わった様だ。私は足下3つのエサを手の上に一纏めにして、それを3人に見せると一気に口に入れた。そして、彼女の目を見つめながら少し頷いた。
「……!ねえ啓介!幸雄!クマさんが3人で仲良く帰れって!きっとそう言う事だよ!」
これも伝わったか。聡い子供達だ。
いや、本当に聡いのは私の方かもしれない。
渋々と従う少年2人を他所に、見えなくなるまで私に手を振る少女に応える。
彼女達はこれからどういう人生を送るんだろうか?また揉めそうな事があれば協力してあげなくもない。

ふふ、やはり人間は面白い。