「サ、サーセンお客様、ちょいお待ちを!おい遼一!ケーキ3つ、バウム4つ、プリン5つ頼む!」
「りょ、了解!」
 ショーケースに陳列しているスイーツを取り出し、慣れない手つきで梱包すると、ぎこちなく接客している康平に手渡す。高校生にとって貴重な日曜日だと言うのに、俺達2人はあくせくと体を動かしていた。
 北海道みやげの代名詞とも言われる、ホワイトチョコをサクサククッキーでサンドしたアレ。今俺達が居る場所はアレの名を冠したテーマパークの中にあるショップなのだが、次々に訪れるお客さんの注文の処理に忙しい。

 今日は普段よりもお客さんの数が多いから、ここで初めて働く俺達がバタバタするのも無理はないだろう。
 ではなぜ人が多いのか?それは、今日がバレンタインデーの前日だからだ。
 このショップではバレンタインデー用のチョコレートを販売していて、梱包なども可愛らしくて女子には人気らしい。ここの販売責任者をしている俺の父親からヘルプを頼まれたから、友人の康平を誘って気軽にOKしたものの、まさかこんなに多忙を極めるとは思っていなかった。
 ひたすら押し寄せる客を一心不乱で捌いていると、いつの間にかピークを越えていたのか、気付いた頃にはある程度客数もまばらとなっていた。

 そんな時だった。
「おい、遼一。あれ見ろよ」
 康平が肘で俺を小突きながらアゴで指し示す方向を見ると、どこかで見た顔の男性がショーケースに熱視線を送っていた。
「おい……マジかよ?」
「ああ、新島先生だ」
 新島は俺達のクラスの担任の男性教師だ。40手前になるのに浮いた噂は一つも無く、このまま独身貴族に転職するんじゃないかと陰で囁かれていた。

 真剣な表情でケース内のチョコレートを吟味していた新島は、取り揃えている中でも最高級のものを購入して去っていった。
「おい、康平。俺達だってバレなかったな……」
「マスクしてたからな。それにしてもあいつってチョコ好きだったっけ?」
「いや、聞いた事ない。まさか明日学校で『貰っちまったよ~』とか言って自慢するんじゃないだろうな」
「うわーあり得る!だって『ラッピング可愛くしてください』なんてオッサンが言うか?」
「マジそれな。あれ笑い我慢するの大変だったわ!ブフッ、やべえ思い出しちまう!」
 2人して密かに笑い合っていた所、またも見知った顔が入店してきた。

 俺達の目の前でチョコを選び出した女の子達の顔を見て、急激に心音が早まる音を感じた。
「おい……康平……」
「あ、ああ分かってる」
 小声で意思疎通を図った俺達は限りなく緊張状態にあった。なぜなら、その女の子達は同じくクラスメイトである麗奈と綾香で、俺達がそれぞれ想いを寄せている2人だったからだ。

「ねえこれなんかどう?」
「え~どうだろ。あ、麗奈の方はこっちなんかいいんじゃない?」
「うーん、アリよりのナシ」
 楽しそうにチョコを選ぶ2人を前にして、俺達は耳を巨大化させていた。
 まさかこいつらも明日誰かに渡す為にここへ……?
 も、もしかして俺に……?
 いや、期待するな……期待すれば俺じゃ無かった時のショックがデカい……
 このまま会話を聞いていたい、でもこれ以上聞きたくない。まるで針のむしろに座る思いだ。

 結局、高めのチョコ詰め合わせをチョイスした2人は、特注のラッピングをして店を出て行った。
 固有名詞が出なかったことは、不幸中の幸いだったのだろうか。何とも言えない気持ちになった俺達は、特にこれといった会話をせず、ほぼ無言のままバイトの終了時間を迎えた。
 そして、ロッカールームで私服に着替えている時、何かを思い立った康平が遂に口を開いた。

「遼一、俺達も買おう。自分用に」
 その時の彼は世界一格好悪かった。