「ここだ」
 ルディネは匂いの出所を辿った。そこに細長い一本の路地に奥へと向かってずらりと並ぶ店。
 色とりどりの暖簾や看板が並ぶそこは、あちらこちらから食欲誘う良い香りが漂ってくる。
「……これが、食い物か」
 異国の字は全く読めない。だが、美味しそうな匂いだけはわかる。じゅるりとよだれが溢れ出してくるのを抑えられない。
 なりふり構わず飛び込みたいが、如何せんこの地で使用されている通貨がわからない。
 ほぼ一文無し。見なりも周囲とは違う男を受け入れてくれる店などあるのだろうか。
「おう、兄ちゃんどうしたんだ」
 ルディネが呆然と立ち尽くしているとふと声がかかった。
 初老の男が、ルディネに声をかけたのだ。しかしルディネは彼の言っていることが理解できずに首を傾げる。
「兄ちゃん外人かい? このご時世にマスクもしねぇで歩いてると怒られちまうよ」
 男がの言葉にルディネは訳がわからず首を傾げるばかり。
 どうしたものかと男も困ったように頭をかいていると、大きな腹の音がなった。その音の正体はルディネ。
「……兄ちゃん腹減ってるのか?」
 言葉は理解できないが、何をいわんとしているかはわかった。
 ルディネは大きく頷く。
「仕方ねぇな。ほら、入りな。冬にその薄着じゃ寒いだろ」
 男は扉を開き、店の中へとルディネを手招いた。
 そこは小さな店だった。大きな厨房と十名ほどが座れるカウンター席、それと二人がけのテーブル席が二つほど。
 ルディネ以外に客の姿はない。男はカウンターの丸椅子を引き、座るようにジェスチャーすると厨房へ入っていく。
「どうせこんなご時世、夜になると客なんかほとんど来ないんだ。食材が無駄になったらそれこそ金の無駄になるから食べてくれ」
 そういいながら、男——店主は鍋に火を入れた。
 仕入れていた具材を大きな中華鍋に入れ振り、寸胴鍋では麺を茹でる。温めた丼の中に味噌だれを入れ、長時間煮込んだ自家製のスープを注ぐ。
「……これは、一体」


 男の手際に見惚れながらルディネは思わず身を乗り出した。
 スープの中に茹で上がった麺を入れ、菜箸で軽く何度か持ち上げ整えるとその上に炒めたひき肉ともやし、そして半熟卵とメンマをのせる。
「兄ちゃん、ラーメンは初めてかい?」
 興味津々なルディネを見て笑いながら、店主は丼を差し出した。
 それは味噌ラーメン。札幌ラーメンといえば味噌。深夜でも食欲そそる香りが一気にルディネの食欲をかき立てた。
「ほら、伸びないうちに食べな。熱いから気をつけなよ」
 そしてルディネは店主に割ってもらった割り箸を握り、ラーメンを一口食べた。
 持ち上げると輝く太い縮れ麺。口の中に広がる味噌の香り、そしてたまらない美味さ。
「なんだこれは……!」
 ルディネは目を輝かせた。
 箸が止まらない。無我夢中でラーメンを食べ進める。こんなにおいしい食べ物は食べたことがなかった。
(ここは……美食の国か!)
「そんなに喜んでくれると作った甲斐があるよ」
 美味しそうに食べるルディネを店主は微笑ましそうに見守る。
 そしてルディネはあっという間にスープの一滴も残さずラーメンを完食した。
「こんなに美味しいものを作れるなんて、貴方は神だ」
「はは、なにいってるかわかんねぇけど。喜んでもらえて嬉しいよ。ええと、食べ終わったらこうするんだよ」
 店主は両手を合わせて「ごちそうさま」といった。
 それにならい、ルディネも手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
 これがこの世界での食事の流儀。一つルディネは学んだのであった。