夢に見るのは、自分を襲う魔物。為す術もなく倒され、喰われた。
世界は弱肉強食、仕方がない。だが、魔物に食われ死体も残さない最期なんてそんなのあんまりだ——。
「——っ!」
ルディネは飛び起きた。
視界に入るのは見知らぬ場所。元いた世界で魔物に襲われ食われかけた彼は気がつけば北海道は札幌市へと転移していた。
転移して早々出会った一軒のラーメン屋。店主にラーメンをご馳走してもらったルディネ。彼が行き場がないことを悟った店主は、言葉も通じぬ彼を自宅へと泊めたのだった。
「……この寝具は非常に暖かいな」
布団の中に潜り込む。屋根がある場所で寝られるのは久しぶりのことだった。
この世界は魔物の気配もなく、焚き火の火も気にせず眠りにつくことができる。おまけにあの美味しい食事。なんて幸せな世界に来てしまったのだろう。
ぼんやりと微睡んでいると部屋の扉が叩かれた。
「ルディネ、起きているか?」
扉の向こうから聞こえたのはラーメン屋の店主の声。
彼の言葉は相変わらず理解できないが、名前は教えてくれた。タバタ、といったか。
「タバタ」
返事の代わりに名前を呼ぶと、扉が開いてタバタが顔を覗かせる。
「おはよう。よく眠れたか? 朝飯できてるから一緒に食べないか?」
「…………?」
ルディネが首を傾げると、タバタは少し悩みながらお椀を持つような手を作り、もう片方で箸を動かすような仕草をする。
「ごはん。ご飯、だ」
ゆっくり、言葉を繰り返す。
「ご、は、ん」
ルディネも同じ動作を繰り返す。
なるほど。この世界では食事のことを「ごはん」と呼ぶらしい。
*
タバタはこの家に一人で暮らしているらしい。ルディネ以外の人の気配がなかった。
食卓に案内されると、テーブルの上に焼き魚と卵焼き、味噌汁と白米が並んでいた。
「ほら食べよう。おかわりもあるからな」
「……ゴチソウサマ」
昨晩教えてくれたように手を合わせた。その瞬間、タバタはくすりと吹き出した。
「違う違う。それは食べ終わった時。食べる時は“いただきます”だよ」
「イ、タダキ、マス」
食べる時と食べ終わりで挨拶が違うのか。この世界の言語はなかなかに難しい。
そしてルディネはタバタと共に朝食を食べ始めた。質素ながらも美味しい食事。ルディネは本当に美味しそうに食べるため、タバタは微笑ましそうにその光景を見守っている。
「そうだ、ルディネ。バターご飯試してみないか?」
「バター?」
「ああ、北海道では白いご飯にバターと醤油かけて食べることがあるんだよ。意外と美味しいんだぞ」
立ち上がったタバタは冷蔵庫からバターを取り出すと、ひとかけ切り、ルディネの白米の上に乗せた。
そして醤油をひとかけたらりと回しかける。
「これが、バターご飯」
「騙されたと思って食べてみな。ほら、一気にガバッと」
いわれるがままルディネは思い切ってバターご飯をかきこんだ。
その瞬間、かっと目を見開く。
「うまい! なんだこれは!」
暖かいご飯の熱で溶けたバターが醤油の味と混ざり合い、なんともいえないハーモニーを醸し出す。
魚や卵も合うが、このバターご飯は箸が止まらない。
ルディネはあっという間に一杯を食べ終えた。
(まだ、食べたい。どうしたら……)
「そういうときはな、おかわり、っていうんだよ」
そわそわしているルディネの心を読んだのか、タバタは笑いながらそう教えた。
「おかわり!」
そうしてルディネはまた一つこちらの世界の言葉を覚えながら、満腹になるまで朝食を楽しむのであった。
