私は雪野晶(ゆきのあきら)。二十八歳。フリーランスのグラフィックデザイナーだ。
長きに渡るコロナ自粛。自宅に引きこもり、毎朝毎晩代わり映えのしない自室で仕事をするのにも飽きてきた。
 もう耐えられない。家以外の場所で仕事がしたい。
 私は数ヶ月ぶりに化粧をし、よそ行きの服に身を包み、携帯と財布、そして仕事道具であるノートパソコンを持って家を出た。

 新年一月。正月ボケをなおすため、自宅から散歩がてらやってきたのは札幌の中心部、大通り。
 普段であればもっと人で賑わう街なのだが、このコロナ禍だ。人通りはかなり少ない。


「……どこに行こうかな」
 思いつきで外に出たはいいが、行く宛なんてなかった。
 テレビ塔を横目にフラフラと歩いていた私は、以前立ち寄ったことのある喫茶店のことを思い出した。
「確か、この辺り」
 待ち合わせの時間潰しのため、一度入ったことのある喫茶店。
 珈琲とケーキが美味しくていつかまたこようと思ってそれきりだったことを思い出す。
「あ、あったあった。ここだ」
 
 テレビ塔からほど近く、コスメ雑貨が多く入る商業施設のすぐ傍にその店はあった。
 奥まった入り口の扉を開けると、半地下の店内にすぐ目に入る大きなカウンター席。
「いらっしゃいませ、一名様でしょうか?」
「はい」
「お好きな席へどうぞ」
 店員さんに促され、店内に入る。
 カウンター席以外にもテーブル席が多くあり、店内は想像以上に広い。
 私は二人がけのテーブル席に座る。壁側の椅子はソファで座り心地がとても良い。
「ご注文お決まりになりましたらお呼びください」
 テーブルにパソコンを置き、仕事の準備を始めながらメニューを開く。
 家でしっかり昼食を摂ってきた。珈琲くらいで十分だろう。しかし珈琲一杯で長々と居座るのも申し訳ないし、何より苦い珈琲には甘いものが付き物だと思うのだ。


 この店はオリジナルブレンド珈琲が売りで、ケーキも種類が豊富。頭を働かせるには糖分が必須。なら——。
「——すみません」
「はい」
「ブレンドコーヒーのホットを一つと……ガトーショコラをお願いします」
 かしこましました、と店員さんは注文を聞いて去っていった。
 料理が運ばれてくるまでの間、私は仕事に集中する。
 年初めの仕事だ。一年の良いスタートを切れるように頑張ろう。
 
「——お待たせいたしました、ホットコーヒーとガトーショコラです」
「あ、ありがとうございます」
 目の前に差し出された珈琲で私はふ、と我に帰る。
 顔を上げると笑顔の店員さん。
「お仕事ですか」
「はい。パソコン使っていても大丈夫ですか?」
「ええ、今はお客さんも少ないですし。ごゆっくりなさっていってください」
 軽い世間話を交わせるほど店内のお客さんは少なかった。
 店員さんが去っていき、私はすぐに珈琲を一口すする。
「美味しい」
 自宅で煎れる珈琲とは別物だった。
 少し酸味の効いたブレンド珈琲。ブラックが苦手な人でも飲みやすい軽い口当たり。
 そしてずっしりとした重みのあるガートーショコラ。濃いチョコレートの味が珈琲の苦味と相性抜群だ。
「……さいっこう」
 自宅仕事では絶対に味わえない至福の時間。
 適度な雑音がある店内と、美味しい珈琲とケーキ。これで仕事が捗らないはずがなかった。
「っ、よし」
 パソコンを閉じ、背伸びをする。


 思い悩んでいた仕事があっという間に終わってしまった。少し覚めてしまった珈琲の最後の一口をすすり、レジへ向かう。
「ご馳走様でした。長々ありがとうございました」
「いいえ、またいつでもお越しください」
 そうして店を出た。
 冬の札幌はまだまだ寒い。帰りはまた運動不足解消のため歩いて帰ろう。
 今までずっと引きこもっていたけれど、喫茶仕事(カフェワーク)は中々癖になりそうだ。