9月の札幌に後輩と出張に来ていた俺は、仕事を早く片付けたことで、2人で有頂天になっていた。
まだ太陽も高い。連休だけあって人で賑わう中央区は、歩いているだけで陽気な気分になれた。
「さて、北海道と言ったらグルメだろう。なにか食べたいものとかはあるか?」
「やっぱり海鮮とか、ジンギスカンですかね? 夕食に備えて、今のうちに席とりますか」
後輩はネット評価の高い店のページを次々と検索するが……
「先輩、まずいですね……連休だけあって、広告出してるところは、どこも予約でいっぱいですよ」
「それは参ったな……マイナーな店だと味が保証されない可能性もあるし」
「まあ、潔く諦めて僕は1人で牛丼でも食べますよ。それじゃまた後で!」
自由気ままに街をぶらつきたいのだろう。後輩は足取り軽そうに駆け出していった……

俺は中央区を適当にぶらついていたが、北海道ならではの食べ物を取り扱う飲食店はランチタイムになかなか営業していない。
そんな最中、通りかかった店のドアが開いて若い女性たちが出てくるが、店内からとても甘く香ばしい香りが漂ってくる。
そうだ。北海道産の小麦は香りが深い極上品のはず。ならば、お菓子だって極上のものが食べられるはずではないか。
俺はこの名案に膝を打ち、迷わず目の前のお店に足を踏み入れていった。

俺は自分の嗅覚を信じたことを後悔していた。。
目の前のお菓子はどれも色とりどりの宝石のようで、香りも高く、どれも美味しそうだ。
だが……それらは全部チョコレートだった……
北海道のどこでカカオが取れるというのか。
しかし、俺は無言で出るというのも恥ずかしく、なにか一つ買おうと商品に視線を走らせていった。
すると、赤い銀紙に包まれたチェリーボンボンが一個だけ陳列されているのを見つけた。
ボンボンならばリキュールが入っている。大人だからこそ楽しめる味だろうと興味が惹かれた俺は、その商品を買い、その場で食べることにした。
「お召し物を汚さないように、一口で食べてください」
味わって食べられないことに俺は不満を感じたが、そのまま口の中にボンボンを放り込み、奥歯で噛み砕いた。
——!?
甘くも鋭く深い風味を湛えたリキュールが舌を伝わり、喉に流れ込んだ瞬間、俺は一瞬意識が飛ぶ。
すると、その強い酒の風味を和らげるように味わい深く濃いチョコレートの甘味が広がる。
更にチョコレートの中にまるごと一個入ってたサクランボの果肉の酸味が舌に触れ、俺は呆然と立ちすくんでいた。
これほどのチョコは今までに食べたことがない。
これまで妥協なく素材や手間賃をかけるとなると、テナント料も人件費も高い東京では莫大な販売価格になるに違いない。
——そうか、北海道では、どんな食べ物も妥協なき領域を目指すことができるんだ。
後輩にも買っていってぜひ食べさせてあげたい。
「すいません、ちょっと後輩に電話してきます」
俺はチョコが嫌いではないか、後輩に聞くべく店の外に一旦出る。
するとそこには晴れた空が広がり、太陽がさんさんと輝いていた。湿度のない涼しく心地よい風を吹かせながら。
「チョコレートを喜んで持って帰りたくなるな……!」
チョコが溶けないなら遠慮なく吟味して、持ち帰ることができる。
地元の農産物を材料としてなくても、この気候に適している事自体が、チョコを北海道の名物たらしめているのだ。
もう後輩が食べるかどうかは関係ない。俺は電話もせず店に戻ると、北海道のブランデーであるシマフクロウを使ったチョコレートなど、欲しい物を際限なく選んでいった。
「たくさんお買い上げになられるんですね。ご家族の方へのお土産ですか?」
「いいえ、自分と後輩で食べます。この札幌にいるうちに。自分一人だけでも全部を」
俺は箱にびっしりと詰められたチョコを持って、大通公園へ向かいベンチへと座る。
青空の下、俺はチョコレートを口に次々と運び、ここでしかできない贅沢を味わい尽くしていくのだった。