好事魔多し。
親の意見と茄子の花は千に一つも仇はない。
この2つの言葉は真実なのだと、私は今になって後悔たっぷりに悟った。

「ちくしょおお! せめて金よこせええっ!」
遠距離恋愛をしていた彼氏と、同棲をする予定だった2LDKのアパートの一室で、私はワインをラッパ飲みしながら喚き散らしていた。
仕事をやめて、わざわざ札幌市へ移り住んできたのに、彼氏は見事に逃げた。
まあ……親からは、同棲は婚約をしてからだと釘を差されていたのだけれど……
この部屋が治安もよく女性の一人暮らしでも問題のない豊平区の福住にあり、これだけ広く、バスとトイレも別々の部屋にある部屋でも家賃が4万円しなかったというのが不幸中の幸いだが……
私は地獄の業火のごとく燃え盛る怒りのまま友人に電話をかけ、彼氏の悪行を愚痴っていった。有る事無い事含めてだ。ざまあみろ。

「でさぁ! あの男、すっごい性癖してたわけ! ムッカつくほど変態的な!」
『美津香ったら声大きすぎるって……! ちょっと落ち着いてっ……!』
私はその一言で我に返り、取り繕うように電話を切った。
「大丈夫、かな? すごい大声出しちゃったけど……」
部屋が広く壁の断熱がしっかりして分厚いだけに、私の大声は隣に聞こえていなかったようだ。
私は酔いが冷めていき、今後の生活をどうするかを改めて考えた。
まずは何よりも仕事だ。家賃は安いのだから、働き口さえ見つければなんとかなる。
あわよくばと前の会社にメールを送り、仕事がないか聞くと、すぐに返信が来た。
給料が下がってもいいならテレワークでしてほしい仕事があるらしい。
親の目のある地元に帰るのも恥ずかしいだけに私はOKし、この地に住むことに決めた……

まず、私がやったのはヤケ買いだ。
ゲームもできるハイスペックパソコンを買い、デュアルディスプレイを机に装備、さらに音楽を楽しむためにウーファーのついたオーディオを追加。
テレワーカーの特権として惰眠を貪るべく、セミダブルベッドも買い、漫画本など収納する本棚も購入。
私は同棲資金を使い果たす勢いで買い物をし、悠々自適のテレワークライフを過ごしていた。

『仕事のファイルを見たけど問題なし! すごく仕事が早くなったね。またよろしく!』
高性能なパソコンとデュアルディスプレイ、快適な空調があれば仕事が早いのは当然だ。私は評判が上がったことに得意になる。
私の最近の楽しみは、観葉植物を育てることだ。
部屋の空気も良くなるし、少しずつ伸びているのを見ると、もっとうまく育てられないかと挑戦心を掻き立てられる。
今までは植物など無駄この上ないインテリアだと思っていたのに。
「まだ、押入れにはスペースが有るし……やっちゃおう!」
私は、今までになくバカで場所を取る買い物をすることを決意した……!

3日後の土曜日……私は部屋中を埋め尽くす服を手にし大はしゃぎしていた。
そう、古着50キロセットを古着屋の仕入れ値で購入し、コーディネイトを延々と楽しんでいたのだ。
格好悪いハズレの服も大量に入っていたけれど、そんなことはどうでもいい。
私は逆断捨離と言わんばかりに、物が溢れる幸せを享受していた。
(今まではつまらない生活を抜け出すために、恋愛とか結婚に憧れてたのかも……)
今の私は『今度は何を買って生活により良い変化を与えていくか?』と考えている。自分の幸せを自分で作っていけているのだ。
部屋が広いなら、自分の可能性すら作り出していける……

自分好みのコーディネイトを見つけ出した私は、いてもたってもいられず、夜の中心街に繰り出した。
「あの……よろしければ、少しお時間よろしいですか?」
私はあまり好きではない軽薄なタイプの男性に声をかけられる。
普段なら、うっとおしいからあっちに行ってと話すところだが……
「スカウトはお断りだけど、話は聞いてあげる。なーに?」
私は余裕を持って応対していった。
今の私は街ゆく初対面の男の人に心をときめかせることができている。
例え、その恋がうまく行かなかったとて、もう悔しくない。
今の私は、自分ひとりで生きていることすら幸せなのだから。