「佐伯さん、お届け物でーす!」
私は荷物を受け取って配達員を見送ると、すぐさま箱を開ける。
中からは対物レンズが大きめで、夜でも集光力がある双眼鏡が出てきた。
「これがあれば万全っと! あとは行動に移るのみ!」
私はパソコンを起動し、芦別スターライトホテルの情報を表示した。
ホテルの宿泊費プランを比較する私は、幼い時の素敵な思い出で頭が一杯になっていた。
父の運転する車で、山奥の田舎道を走っていた時に見えた、満天の星空を。
自ら光り輝くビーズを敷き詰めたような素敵な光景の記憶は、時間が経とうとも色褪せることなく輝いていた。
私は自分でお金を稼げる大人となった今、また満天の星空を体験したいと思っていたのだ。
ハワイのナイトクルーズ……という案は真っ先に没にした。
高いお金をかけて海外旅行に行って、悪天候で見られなかったら泣くに泣けない。
旅費の安い日本国内で、悪天候に備え連泊も安くつき、ついでに温泉もグルメも楽しめる場所となると、この芦別スターライトホテルが最有力候補となったのだ。
朝食バイキングにはイクラ食べ放題、温泉も極めて珍しい泉質で、星空を見上げながらの露天風呂が楽しめるとなれば行かない理由はない。
私はホテルに電話をかけ、相談を始めていく。
平日に予約し、天候が悪かったら連泊するかもしれないと伝えて交渉し、安い金額で最大3連泊するという形で話をまとめていった。
旅行の初日、ホテルに辿り着いた私は、昼間から温泉を堪能していった。
特にすごいのがサウナ後に入る水風呂自体も、沸かされていない状態の、冷たい温泉だということだ。
こんな贅沢ができる温泉地はめったにあるものではない。
これが都会近辺にあれば、混み合ってくつろぐことなどできないだろう。人里離れているだけに自由気ままに入っていられるのだ。
「うーん、これで今夜のうちに晴れればなぁ……次の日の朝にイクラを食べて帰って、連泊代金が節約できるんだけど……」
夜が近づくほど、雲は空を覆い、全く星空が見えそうな気配がない。
しかもホテルの周囲にはリゾート設備以外にはなにもない。
私は何度も温泉に入りなおし、一向に晴れることのない空を幾度も見上げ一日を過ごした。
「うーん、今日こそは見られるかな? 宿泊費をこれ以上無駄にしたくないし……」
私は朝食バイキングでイクラ食べ放題を堪能しつつも、また雨がぱらついている空を憎々しげに見上げた。
「ふぁぁ……なんか眠くなってきたなぁ……」
溜まっていた疲れが出てきたのか、私は自室で仮眠をとっていく。
しかし、目が覚めればまた温泉、また眠くなり仮眠……と繰り返しているうちに、一生分温泉に入った気になってしまった。
惰性で露天風呂に入って曇り空を眺めていると、雲が切れて星空が覗き始めた。
「よし、絶好のチャンス! 双眼鏡を準備しなくちゃ!」
私は大急ぎで温泉から上がり、ホテルの外に出て星空を見上げていく。
しかし、雲が晴れ、双眼鏡を使おうとも、星空は子供の頃のように綺麗には見えなかった。
今の私は視力が悪いし、子供の頃の思い出も美化されすぎていたのだろう。
「まあ、いっか……星空を改めて見ることができたのは事実だし……」
星空の件は少し残念だが、いいことだってあった。
温泉は2泊すれば、1泊と違って、次の日に出発する焦りがないだけに、入浴を存分に堪能できたのだから。
温泉旅行を繰り返そうと思わなくなるだけに、総合的にお得であり合理的な楽しみができたのは間違いない。
私は星空に満足してホテルをチェックアウトするべく、3日目の朝、バス時間までロビーで過ごしていた。
「おおっ……! すごいっ!」
昨日降った雨が蒸発して、ホテル前の山から朝もやとなって神秘的に漂っている光景に、私の目は釘付けになった。
目的もなく旅をしても、得られるものはきっとあるのだ。
私は合理主義過ぎた自分を少し恥じながら、朝もやが薄れゆくまで、その景色を堪能したのだった。
