父の遺品を整理していると、壊れたオルゴールが出てきた。

 試しに螺子を巻いてみたが、ギリギリと機械じみた音がするばかりで何の歌も歌わない。新婚旅行で行った北海道で買ったオルゴールだというが、後生大事にしまっておくばかり。ついには一度も本来の役目を果たすことがないまま壊れてしまった哀れなそれに同情せずにはいられない。

 父はもともと寡黙な人で、思っていることがあってもほとんど口にすることはなかった。母の問いかけにも、二、三肯くばかりで、何も語らぬ父。

「お母さん、このオルゴール、壊れてるから処分するよ」

「壊れてる? ……ああ、それはね、音楽を聞くための物じゃないの」

 そう言うと、母は愛おしそうに、埃をかぶったオルゴールの箱を撫でた。

「オルゴールなのに?」

「オルゴールを贈ることは、相手に感謝しているって意味なの。あとは、男性が女性に贈る場合は」

 母の横顔がほのかに赤らむ。

「……愛しています、って」

 見たことのない母の表情に、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。

「だからオルゴールを作ることにしたんだけど、結局肝心の曲は悩みすぎて選べなかったんですって。お父さんらしいわよね」

 そう言って母は顔をほころばせた。父が亡くなって以来初めて見る笑顔だった。

「……なんでお父さんは何も言わなかったのに、お母さんはお父さんのことがわかるの」

 動悸が冷めやらぬ中、私は必死に平静を装って尋ねる。私自身でもどんな答えを求めているのかわからない。それでも聞かずにはいられなかった。……今まで何も聞いてこなかったくせに。

「お父さんは何も言わないし、優柔不断だし、難しい人だったけど。誠実だったから、かな。嘘はつかないし、どれだけ時間がかかっても必ず答えようと努力してくれたもの」

 言葉にできない感情が込み上げる。私にもきっと父はずっと誠実だったはずだ。そんな父を跳ね除けたのは――

「どこ行くの?」

 居ても立っても居られず、立ち上がった私の腕を母が優しく掴み取る。

「……オルゴール作りにいく」

「そっか」

 母の手がゆっくりと離れていく。

「なら先に、曲を選ばない?」

 かわりに母は、父のCDコレクションを指差した。音楽配信が浸透したせいですっかり埃を被った、お飾りのそれ。

「……うん」

 どれほど埃をかぶっていても、音楽を奏でるという本来の役割を果たすことができなくても、もう哀れとは思わない。

 私は父の思い出を手に取り、目の前の母と向き合ったのだった。