念願かなって東京の女子大を卒業し、プログラマーの仕事を始めて3年が経過した。
 芦別の実家には大学時代を含めて7年帰っていなかったが、祖父の17回忌の折についに実家へと変えるように説得され、渋々承諾した。

 2月、車窓の景色は砂のように吹き溜まる雪景色が延々と続いてゆく。大学の頃、札幌へと向かうときの景色を思い出す。あの時は旅立ちに心が躍ったものだが、今は違う。白と、遠くに見える黒い山体らしきモノクロの世界に、17年前の祖父の葬儀が脳裏を過った。

 祖父は生まれついたオンボロの家で、雪下ろしをしている最中の事故で亡くなった。足が骨折して雪に上半身が埋まった状態で発見された。仰向けで、雪から顔を出していたそうだ。
 広大な土地と、除雪の行き届かない道と、ポツンと一軒家。不審に思った知り合いが重機で雪をかき分けた、発見した頃には手遅れだった。少しだけ微笑んだように亡くなった祖父の顔を見て、父親は「頑固親父が」とボソリと吐いて、背を向けていたのを覚えている。きっと泣いていたんだと思う。
 
 17回忌、父親は笑顔だった。娘が帰ってきたことに機嫌を良くしたようだ。自慢の娘だとニコニコ笑いながら、親戚を相手にとにかく私を褒めまくった。コロナ禍が始まった頃に就職したこともあって、こういった飲み会は苦手だ。
 私はお手洗いに行くと嘘をつき、酔い覚ましにと防寒着を着て夜道を歩いた。街灯の無い暗闇には、薄ぼんやりとした雪原が広がっている。
 祖父も亡くなる前に、こんな夜を見たのだろうかと、新雪に仰向けで倒れこんだ。

 澄んだ空気に満点の星々が煌めいている。
 都市の光にも邪魔されない、天蓋の宝石が広がっていた。
 熱いものが頬を伝い、少しだけ口角が上がるのを感じた。
 ああ、私はおじいちゃんの子だ。

 翌朝、父は駅まで車を運転してくれた。どことなく表情は硬く、何度か視線を私の方へ向けたあと、薄氷を踏むように声をかけてきた。
「なぁ」
「うん?」
「次はいつ帰ってくるんだ?」
「うーん……」
「その、な、リモートワークがどうとか、東京暮らしの良さとか、お父さんはわからないけど、コロナで疲れたらな、実家で仕事するのもいいんじゃないか?」
 父は言い切ってから、ギュッとハンドルを掴んだ。
 私はちょっと笑って
「雪はキライ」
 と言った。
 交差点は赤信号。ブレーキがかかった。
 父は
「まぁ、雪はな」
 とボソリと零した。
「でも」
「でも?」
「芦別の夜空は好き」
 信号が青に変わった。
「そうか」
 と父は噛みしめて、アクセルを踏んだ。