結婚して15年、息子ができて13年が経過した。
「環境も大事だけど、勉強は個人の努力で何とでもなるから」と、公立中学への進学をして三ヵ月後、学校から電話が来た。内容は、古文の授業に出席しないので親御さんからも協力してほしいとのことだった。
 家族で使っているグループSNSで話そうかと思ったが、仕事でメッセージを送り合っているからか、どうにもビジネスライクで冷たい印象になってしまう。
 この時ばかりは新入社員の女の子相手に絵文字のメールを送っている上司が羨ましく思えた。くそっ、あんな風に気軽にメッセージをやりとりする能力が自分にもあったなら……!
 このままでは埒が明かないと思い、休日にタケノコ狩りに行くがてら、車の中で話を切り出そうとした。
「ねぇパパ、もう聞いてるんでしょ? 古文のこと」
 ドキリと心臓が大きく脈打った。
 一呼吸置いて息を吐きだし、息を吸い込む。
「そこまで分かっているなら話は早いな。別に、古文が嫌いとかそういう話しじゃないんだろう?」
「うん。古文自体は興味深いと思う。学習すること自体は嫌いじゃないよ」
「理由があるなら、話してくれないか」
「ええとね、どうしても昔の日本語を勉強する必要があって、経済や文化に影響が出るならわかるんだけど、そういうのって無いと思うんだ。それよりも英語を勉強して他の国や文化を知る方が先なんじゃないかって。僕には古文を勉強する意味がわかんないんだ」
 さすが俺の息子。論理的だ。父さんは何も言い返せないぞ。
「それに……」
「それに?」
「北海道に、何も関係が無いから。『竹取物語』って言われてもさぁ」
 言わんとしていることは理解できた。
 北海道には自生する竹林は無い。
 竹と言えば根曲がり竹のことであり、これも厳密には笹の一種だ。
「……まぁそうだな。北海道で根曲がり竹を切って出てくる赤ちゃんなんて、指先サイズだよな」
「でしょ? 枕草子もさ、作者が札幌じゃないからあんなこと言えるんだよ。雪かきしろよ」
「おいおい、酷いな。昔の人って風習も文化も違う外国人みたいなものだぞ」
「えっ……」
 息子の言葉が止まった。
「……じゃあ、文句つけるために、少しぐらいは古文を勉強する」
「そっか」
 腕を組んで助手席の窓の先をじっと見ていた。
 もうすぐ、タケノコ狩りの秘密のスポットへと到着する。