「ダイ君の生まれ故郷を見てみたい」とおねだりされたのは、ミカの誕生日の二週間前だった。
 度重なる就活のお祈りメールに落ち込んでいて、恋人の誕生日をすっかり忘れていた。
 とてもそんな気分じゃないと断ろうとしたが「お泊り」という単語で思考停止してしまった。
 付き合い始めて三ヶ月、ついにこの日が来たのだ。
 ピンク色の思惑が頭でメリーゴーランドのように回っている中、ミカの提案を唯々諾々と飲んでしまった。
 ああ、雄としての性には逆らえない。

 現在時刻、午後1時。北海道の玄関口、新千歳空港に僕とミカは降り立った。
 本州を出たことのなかったミカのはしゃぎっぷりときたら、ギラつく太陽よりも眩しい。
 僕が運転席に座る頃には額から汗が滴り落ちるほどだった。
 外気温は21度。もちろん、暑さから流れる汗ではない。
「航空券もレンタカーも安かったっしょ! こういうことがテキパキできる彼女でよかったね、ダイ君!」
「あ、うん……」
「いやー北海道かー! ここでダイ君が育ったんだねー!」
「千歳で育ってはいないんだけど……」
「あぁ『北海道はでっかいどう』だもんね!」
 コロコロと笑いながら僕の肩をバンバンと叩く。
「……稚内」
「ん?」
「稚内なんだ。実家」
「うん。楽しみ!」
「稚内にも空港があったんだけど、知ってる?」
「そうそう! 飛行機代、高くってさ! 千歳空港着なら1万円以上も浮いて――」
「6時間かかるんだ」
「えっ?」
 キョトンとした顔でミカは僕を見ている。彼女の顔は徐々に曇り、僕と視線を逸らした。
「ご、ごめんね……」
「大丈夫、着かないなんてことはないから。じゃあ行こうか」
 ああ、もう最悪だ。

 ミカとの間に亀裂が入らないかと心配したが、杞憂だった。
 空の広さ、大地の広大さ、植生の違い、自動車の速さ――何もかもが新鮮に見えたらしく、運転する僕に興奮して話しかけてくる。
 彼女に地域の説明をするたびに、沈んでいた気持ちが洗われていく。
 就職のことも忘れ、喉が枯れるまでミカとの対話を楽しんだ。
 寄り道をしながらオロロンラインを北上し、あかね空が広がる頃には利尻島が見え始めていた。
 サロベツ海岸に車を停め、日本海に沈む夕日を眺めながら海に手を浸すと、一瞬風が止んだ。
 自分のバカさ加減にようやく気づいた。
 何でも調べられる時代に、ミカが移動距離も計算できないようなミスをするはずがない。
 これは、僕のための旅行だ。

「ミカ」
「うん?」
「ありがとう」
「なにが?」
「なんだろうね。そろそろ行こうか」
 車に戻る途中、僕とミカは手を繋いだ。
 冷めきった僕の手に、ミカの温もりが伝わってきた。