窓の外の運河に粉雪が降ってる。

クリスマスイブ。

「おおでかいな」

「えっ」

「ほらっ」僕は自分の身体に彼女がくれたセーターを

あわせる。

「んん、確かに…」

クリスマスに手編みのセーターをプレゼントしてくれた彼女は

照れくさそうにしてた。

そして、少し顔が曇った。

ないしょで僕に渡そうと、採寸をせずに勘でサイズを決めたようだ、

そりゃ、違って当然だろ。

濃いグレーと淡いグレーの2トーン、

イニシャルまで入っている。

サイズさえ合ってればかなりいい。

ところどころ糸がほつれていたりして、

一生懸命に編んでくれたのが分かる。

気軽にサイズ聞けば良かったのに、もう少し上手く編めただろうに…、

彼女はすべてにおいて不器用すぎたのだ、

そんな彼女が愛しくて、愛しかった。

「ありがとう」僕は小さな声で言った。

「うん、ちょと大きかったね」

「いや、かなり」

「バカッ」彼女はちょとふくれ面になる。

窓の外の遠くからジングルベルが聞こえてくる。

はじめて一緒に過ごすクリスマスイブ。

出会った時はこんな夜がくるとは思っていなかった。

春、映画研究会での出会いだった。

彼女は僕と別の大学。

地区の映研の会合ではじめて彼女と出会った。

その時はあまり話をしないで、

彼女もそっけなかった。

そして、彼女の映研と僕の映研が作品を共同で制作することになる。

僕は助監督。

彼女はささやかな脇役。

出番もほとんどない。

でも僕は見た。

だれも見ていないところで、セリフを500回、繰り返し、繰り返し練習しているのを。

それも毎日、毎日…。

まっすぐに前だけを見て。

その時不覚にも恋に落ちた。

はじめての体験だった。

これまでもつきあった娘はいた。

でも、今回はなんだか違う。

こんな気持ちになったのはじめて…。

それから、普通に話せてたのが、急にぎくしゃくしはじめた。

よく作品制作の打ち合わせをした。

何だか変なカンジになった。

想いを伝える勇気など0%。

せつなさはつのるばかり、

親友の浩輝に相談した。

「話は分かった、その惚れ方はお前らしくないな、まっいいか、作戦はこうだ…」

「ああ…」

深夜まで、作戦会議は続く。

映画に誘うというたわいのない作戦だが、ポイントは一緒に観る作品、

これが良かった。

そして数日後、彼女と僕はいつもの打ち合わせが終わったあと。

唐突に彼女に告げた。

「映画行こうか?小樽座に」

「エッ」

「ダ・カ・ラ映画」

「何て映画?」

「ひまわり」

「知らないよ」

「たぶんそうだろ、古いフランス映画。ソフィアローレンが主演なんだ、音楽がすごくいい」

「へー、何かピンとこない、けど、フランス映画っていいかも」

「だろ」

「どんなストーリー」

「それが、実は僕もはじめて観る」

「いいかげんね、でもわかった…」

それから彼女との日々が始まった。

梅雨が過ぎ、雨が上がり、空が晴わたり、笑って、はしゃいで、ケンカして、秋になって、栗ひろいなんかしたりして、

二人の日々を重ね、そしてクリスマスイブ。

「ねえ、サンタって信じてる?」

「いや」

「だよね、じゃ幼かった頃は」

「それなら信じてたかも」

「私はね、最初から信じてなかったの、醒めてた娘だったの」

「そう」

「うん、でもね、今は信じることにしたの」

「どうして?」

「言わないっ」

僕は彼女が編んでくれたダボダボのセーターを着て、

彼女と小さなクリスマスケーキを食べた…。

しあわせだった

世界一…。

10年後のクリスマスイブ。

特大の靴下を枕もとにおいて、娘がすやすやと寝てる。

隣には妻。

それは彼女と違う名字の人。

寝静まった彼女たちの隣の部屋で、

妻に見つからないように、ダンボールにしまっておいた、あのセーターを

そっと取りだしてみた。

妻に申し訳ない、ホントは捨てなくちゃいけなかった。

でも、わかっていてても、捨てられなかった、

彼女は僕の青春という季節のすべてだったから…。