雪の森4話

 男児が雪森に迷い込んだ事件から一ヶ月過ぎたある日の事。優都は自宅に住み着いたノノとナナと好物のアイスクリームを食べながら談笑していた。

「やっぱりバニ王はストロベリーね!」

「違うよ!抹茶だ!」

「お前ら、最近開き直ってきたよね。掟はどうした、掟は」

 苺味を食べている女の子がナナ、抹茶味を食べているのが男の子のノノ。二人は雪の精である雪乃の仕者であるコロポックル達だ。人間には見られてはいけないというルールが彼等にはあるのだが、近頃は優都の傍を離れないでいるのだった。

「雪乃様からの伝言を伝えるために居るのよ」

「それは一ヶ月前に聞きましたケド?『しばらく外部の者が入れないように障壁を張る』だろ?」

 優都は持っていたスプーンをナナに向けた。あれから森の周りの点検を増やしたり、夜に森を巡回したりと優都は出来る限りの事をして、現在の所は問題無い日々を過ごしていた。

「僕達は雪乃様と優都を繋ぐ役目があるのですよ!」

「つーか、俺は雪乃に会った事ないんだけど?当主になれば優都も会えるよって言われたけどさ」

 実際には優都は雪乃に会っているのだが、その事実を優都だけが知らないでいるのだった。

「様を付けて下さい!いくら優都でも失礼です!」

「へいへい」

 ナナが優都を注意するが真剣に聞いていない。

「優都はどうしてそんなに態度が大きいのですか?」

 続けてノノが優都に言った。

「なに、その急なディス」

「でぃす?」

「意味通じねー!」

 三人が笑い合っていると自宅の呼び鈴が鳴った。

「誰だろ?―――お前ら隠れてろよ?」

 優都は玄関へ向かい「はーい」と言うと外から声が聞こえる。

「どうぞー?」

 玄関が開いて、現れたのは若い女性だった。

「こんにちは。私、東京の違星出版から参りました小林と申します。―――雪森の森番である九条優都さんですか?」

「あ、はい。そうですけど」

 優都は、突然の来客に戸惑っていた。

立ち話では失礼と感じた優都は小林を居前へ通す。ノノとナナは来客を察して隠れた様子でそこにはいなかった。優都はお茶を出しながら要件を聞くと、小林は興奮を隠せない表情で優都にこう問いかけた。

「雪の森には、雪の精霊こと雪乃様が住んでいると聞きました!それで、是非うちの月刊黒魔術という雑誌で特集を組ませて頂けないかと思いまして!」

「……。すみません。そういうったものは受けてはいけない決まりなんです」

 小林の明るい表情に対して、優都は申し訳なさそうに丁重に断りを入れる。地元民ならともかく道外の人間が雪乃のことを信じるというのは中々珍しい事なのだが、極稀にそういうオカルト現象や心霊現象が好きな人間が九条家へ来る事は多々あった。そういう時には決まって「それは迷信ですよ。雪乃様はこの土地では神様みたいなものですので」と言うのが常套句であったので優都も同じ様に小林に告げた。

「ですが!実際に雪乃様を見たという証言もありますし」

「森番の俺だって見たことがありませんよ?本当にただの言い伝えで「迷信」なんです」

 優都は人当たりの良さそうな顔をし、迷信と言い張るが小林も引かずに、過去に森で起こった不可解な事件や事故の話を始めたので優都は心の中で頭を抱えた。

(うわ、非常に面倒な人が来た)

 オカルト好きなのはおおいに結構なのだが森の事を好き勝手に外部に話されたりするのは優都としても困るので、どうすれば良いのかを必死に考えていた時に良い考えが浮かんだのだった。

「小林さん、取材を断るお詫びに雪の森の隣にある池にご案内しますよ」

「池ですか?」

 小林は不思議そうな顔をした。

「はい。今は森を立ち入り禁止にしているので、せめて池だけでも見てもらえれば」

 優都は、「綺麗な池ですので、是非」と続けた。

「本当ですか?!ありがとうございます!」

「くどいですが、雪乃はそこにも住んでいませんからね?」

 優都は小林に念を押す。

「……。わ、わかりました」

(いや、納得してないだろ。その顔)

 優都は小林に見えない様に大きなため息を付いた。

 優都の自宅から目的の池までを二人は歩いて行く。

「雪乃様に会ったらどうすれば良いんでしょうか?」

「ですから、小林さん。雪乃はいません。―――ほら着きましたよ?」

 そう遠くはない距離なのですぐに目的地に到着した。

「わぁ!綺麗ですね!」

「でしょう?山水がこの池に溜まるんです」

「へぇー……。それもやっぱり雪乃様が関係しているのかな」

「いえ、関係ないですね」

 頑なに雪乃の存在を否定しない小林に優都はげんなりしていた。池は透き通った水に蓮の葉が浮いていて、爽やかな空気を醸し出している。小林が池に対する感想を述べていたのだが優都は、男児が森に迷いこんだ事件の事を思い出していた。あれから一ヶ月過ぎたが優都はあの事件は故意にやられたものだと推測していたのだった。

(誰が犯人か、まだわかってないしな)

 森を守る森番として、使命を果たしたいと思ってはいるが当主になったばかりでなにもわからない優都は自分に務まるのかを不安を感じていた。

 ―――「森」は私が守る。

「え?」

 ―――来る時が来た時、お前はどうするのだ?

「小林さん?」

「へ?なにか?」

「今、なにか言いました?」

「え?なにも?まさか!雪乃様―――」

 小林が言葉を失った直後、どさりと倒れた。

「小林さん!」

 優都は慌てて駆け寄り、抱え起こすが気を失ってしまって小林は動かない。

「悪いな、小娘」

 優都は、突然聞こえた声に顔を上げると見覚えある顔をした男が立っていた。

「お前!扇子泥棒!」

 それは約半年前に捕まえた扇子泥棒だった。色白い肌と特徴的な目の色。盗みを働く様には見えない外見だったので優都はその顔を忘れていなかった。

「覚えていたか?あの時は躊躇せず蹴りを入れてくれたな」

「人ん家の物を盗むからだろ?」

 優都がじとりと、泥棒を睨みつける。

「はっ!偉そうに!―――私は雪の精だぞ?」

「……なに言ってんだ?」

「雪乃だ、と言えばわかるのか?」

「嘘つくな」

「嘘などつくか」

泥棒はそう言うと、指で輪を作りふっと息を吹きかけた。

 その瞬間、辺りは雪一面に覆われて目の前の池も瞬時に凍ってしまう。

「あ……。」

 雪乃が雪を自在に操れるのは優都も知っていた。雪の精霊である雪乃なら当たり前のことだが、神秘的なそれに優都は驚かずにはいられない。

「やっと理解したか。さて、当主になったお前に話がある」

「話?」

「一ヶ月前に起きた件についてだが、あれを仕組んだ者達がわかった」

「ほんとか?!誰なんだ!?」

「私の弟である雪那を強く信仰していた九条家の者だ」

「……どういうことだよ?」

 雪乃は重い口を開いて、優都に経緯を話す。

 その昔、雪乃と雪那は二体で雪の精として崇められていた。だが、雪那は自然を大切にせず、守ろうともしない人間に激怒して、森番である九条家の者以外の人々を殺してしまおうと雪乃に提案した。人々を皆殺しにするという、到底受け入れられるような話ではないので雪乃は反対する。他に共存する方法はいくらでもあると雪那に諭すが聞いてはもらえない。話合いは平行線を辿り、雪那は雪乃に対しても憎しみを募らせていった。

「弟に殺されかけたのか?」

「殺すという言葉には語弊がある。封印されそうになったのだ」

 雪那は雪乃を扇子に封印しようとしたがそれを止めたのが、優都の先祖である九条蓮慈れんじだった。

「蓮慈が雪那の暴走を止め、私が扇子に弟を封印した。―――だがそれを良しとしない九条家の者もいた。その末裔が今回の事件の主犯だ」

 九条家は、雪那の封印をきっかけに家を出た者がいる。優都を九条本家とするならば分家の九条の者達がいるということだ。

「つまり、そいつ等の目的は雪那の封印を解きたいってことか?」

「そうだ」

「あいつは災悪だぞ?」

 優都が雪乃にこの言葉を言うのは二回目だった。

「わかってる」

「絶対に封印は解かせる訳にはいかない」

「あぁ。案ずるな、私がきちんと保管しているからな」

「扇子は俺の家にあるだろうが」

 お前が盗もうとしたやつだよ、と続ける優都。

「あれは偽物だぞ」

雪の森4話

「はぁぁぁぁ?じいちゃんはそんな事一言も……って!騙してたのか!」

「そうだ。源治が知らない筈ないだろう?」

「で?具体的にはどうすんだ?そいつ等が来たら」

「当主のお前がなんとかしろ。歴代の首飾りを持つ者はそうしてきた。お前も知っているだろう?」

 時には命に代えても雪乃と共に、森やこの土地や人々を守ってきた九条家。

 優都にその覚悟はあるのかを問うているような雪乃。

 そして暫くの沈黙の後に優都は口を開いた。

「わかった。分家の奴等は任せろ」

「あぁ。私は森を守る」

「はぁ?違うだろ?私達だろうが」

 雪乃は面を食らった表情になったすぐに不敵に笑う。

「そうだな。―――承知した。」

雪乃はそう言うと、ふっと消えてしまった。すると辺りから雪が消えて、気を失っていた小林が目を覚ます。

「……ん?あれ?私……」

小林が、目をこすりながら優都を見た。

「大丈夫ですか?いきなり倒れたんですよ?」

「え?!本当ですか?確か、九条さんと池まで来たような?」

 そこから思い出せないんですと、小林が言った。

「もしかして疲れてたんじゃないですか?」

「え、そうかな?あ!これって、もしかして雪乃様の仕業?」

 暢気な顔でオカルト現象を期待する小林に優都はこう言った。

「だから迷信ですって。―――でも、雪の精霊が皆を守ってくれるというのは本当だと思います」