「函館の灯りだぁ」

19の夏自転車で北海道に自転車を持って旅行に出かけた僕は、

青函連絡船の船室の窓をみながら

何故か知り合ったおじさんと一緒に、「おおっ」と思わず声を上げた。

広島から、鈍行列車を乗り継いで、急行北国で青森まできて

そして、青函連絡船に乗った。

むちゃ疲れた。

そして数時間船で揺られる。

突然、明け方の真っ暗な水平線のかなたに、数え切れないくらいの

灯り灯り灯り。

感動。

しかしいつまで経っても函館らしきところには届かない。

そう、その灯りはイカ釣り船の灯りだったのだ。

それはびっくりするくらい明るくて、にぎやかで、華やかで。

そしてそれが函館の灯りではないと悟ったおじさんと僕は、

笑いながらビールを飲んだ。

そんなこんなで函館に上陸して、

その偶然知り合ったおじさんと一緒に札幌まで行って、

時計台を観に行って、「案外小さななぁ」とか文句をいいながら、写真を撮って

そしてバイバイをした。

そう、ただおじさんと一緒の時間を過ごした。

それ以上でもそれ以下でもない。

でもそれを数十年経った今でも鮮明に覚えているのは

旅の魔力かもしれない。

何も考えないで、北海道に自転車を持ってきた。

自分でも驚くことに、札幌の次にどこに行くのかも決めていなかった。

超いいかげんな旅なのだ。

結局、サイコロをころがすように、旭川に行って、大雪山のふもとのユースを目指すことに決めた。

旭川に着いた。

自転車を組み立てる。

そして街を走る。

予想していたより都会っぽい。

北海道といえば「北の国からのイメージ」なのだ。

五郎さんなのだ。

イメージ違うかも、とか思いながら、大雪山のふもとを目指す。

ゆるやかな坂道、ペダルを漕ぐ。

風がやけに心地よい。

次第に心が大地に溶けていく。

この感覚は地元の広島では味わえない。

1時間くらい走った。

疲れた。

小さな駐車場で休んだ。

そこで、胸がときめく出来事があった。

大型のバイクが僕の自転車の横に止まる。

全身皮のスーツ。

ヘルメットを脱いだ。

そしたら、ワンレンの黒髪が風になびいた。

そう、女性ライダー。

むちゃかっこいい。

映画のワンシーンみたい。

そう、片岡義男みたいな感じ(知ってますか?)

声をかければよかったのだが、まだ純朴だった僕はそんな勇気もなくて、

半分口を開くのが精一杯。

今でも彼女の風になびく黒髪を思い出すと胸がキュンとなる。

そんなこんなあって、ユースに…。

それからも珍道中で、いろいろあったのだが、

このまま書いても退屈な旅日記になってしまう。

いろいろなコトがあったが、それは人生に中ではたいした出来事ではなくて、

言ってしまえばどうでもいいようなコト。

今でもあのささいな出来事が愛おしい。

もしかしたら、それはすごいコトではなくて

ささやかな思い出。

人生、びっくりするようなコトはそんなに起こらない。

どちらかと言えば退屈な毎日。

でも、時に疲れた心を慰めてくれるのは、

たわいのない北海道の想い出。

あれから数十年。

もう一度北海道に行ってみたい。

たとえ、そこに何もなくてもいいから…。